悪巧み・1 甘い
『おめでとうございます! もう一本プレゼント!』
出し抜けに、爽やかな女性の声で祝われてカイジは顔を上げた。
目の前の自販機の、小銭投入口の隣にある小さな液晶画面。
そこに、赤い数字の7が三つ並び、明滅している。
軽く口を開いてぽかんとするカイジを馬鹿にするように、ガコンと2本目の缶の落ちる音が響いた。
(なっ……)
なんであともうちょっとだけ早く、この強運が発動しねえんだよっ……!
紙のように薄っぺらい財布を力一杯握り締め、カイジはギリギリと歯軋りする。
腰を屈めて二本の缶を取り出し、視線を上げると隣のタバコ屋でハイライトを買うアカギの姿が目に入った。
カイジは三十分ほど前のことを思い出す。
暇に飽かして、新しくオープンしたパチンコ屋にふたりで行ってみたのだった。
たまに店を変えれば少しは運も向いてくるかとカイジは期待したが、結論から言うとなにひとつ変わらなかった。いつもどおりの、散々な結果がカイジを待ち受けていた。
次々と玉を吸い込まれて煩悶するカイジの隣で、涼しい顔をして箱を積み上げていくアカギ。
自分の台に飲み込まれた玉が、そのままアカギの台から吐き出されているのではないか?
などとありえないことまで疑ってしまうほど極端なふたりの明暗に、カイジの口からはただただ乾いた笑いしか出てこなかった。
ポケットに突っ込まれた勝ち金を無造作に取り出すアカギを見ていると、負けたことに対するイライラがよみがえってくる。
(くそっ……なんで今さら、こんなしょぼい当たり……)
両手をふさぐ缶に視線を落として、カイジはふとあることを思いついた。
アカギが自分を見ていないことを注意深く確認し、『振らないでください』という注意書きのあるその缶を、片方だけ激しく上下に振りたくる。
実にしょうもない思いつきだったが、負けた鬱憤晴らしさえできればなんでもいい。カイジの頬に悪い笑みがのぼる。
表情を引き締め、何事もなかったかのようにアカギに近付く。
「ん」
ずいと差し出された赤い缶を見て、アカギは動きを止めた。
「やる。当たりが出たからな」
買ったタバコをしまいながら、アカギは皮肉な笑みを浮かべる。
「流石だなカイジさん。吹けば飛ぶような幸運を、こんなところで無駄遣いか」
「うるせぇ」
カイジはむっとした表情を作る。
あくまで普段通りの、自然な反応を返したつもりだった。
だがアカギは、いつもより心なしか弾んだその声に隠しきれない違和感を覚え、胡乱げに目を細める。
「ん? どうした?」
白々しく問いかけるカイジの、まっすぐに突き出された腕をひたと見つめ、アカギは、
「それじゃ」
と、差し出された方とは逆の手に持たれた缶に手を伸ばした。
「ちょ、ちょ、待てっ……!」
「なに」
「な、なんで、こっち……?」
明らかに慌てた様子のカイジに、アカギの口端がつりあがる。
「別にどっちだって構わないだろう? 同じものなんだし。カイジさんこそ、なんでそんなに慌ててるの」
カイジの内心を冷や汗が伝う。
「べ、つに、慌ててなんか……」
あたふたと取り繕うカイジの左手から、アカギは強引に缶を奪う。
「あ!」
プルトップを上げると、勢いよく空気の抜ける音と同時にカイジの口から短い声が上がった。
「……『あ』?」
「い、いや、なんでもないっ……」
言葉とは裏腹に、明らかに消沈しているカイジを鼻で笑い、アカギはさっさと歩き出した。
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