sapling・2


 外に出ると、街の向こうに大きな夕陽が沈もうとするところだった。
 近所の安い定食屋に、ふたり連れ立って出掛ける。
 カイジのアパートの階段は狭く、並んでは歩けない。
 先を歩くカイジの後ろ姿を見ながら、しげるはふと思いついてカイジの名前を呼んだ。
「カイジさん」
 階段を一段下りたところで足を止め、カイジがふりかえる。
 その顔が、段差でちょうどしげるの目線のすこし下にある。
 いい具合に上目使いになったその顔を、夕陽が赤く染め上げている。
 ――もし、このまま体がでかくなったら、いずれこういう景色が見える日がくるのかもしれない。
 しげるは思う。
 悪くないな。
 前髪の間から覗くカイジの額に、しげるは唇を押し当てる。
 ちゅっ、とわざとらしい音をたてて唇を離すと、カイジはひどく狼狽えた表情になっていた。
「おっまえ……外でこういうことすんなよっ……!」
「ふふ。カイジさんがあんまりかわいいから、つい」
 少しも悪びれないしげるに、カイジはむくれた顔になる。

 しげるが、目付きの悪い二十一の男をことさら『かわいい』などと形容するのは、その反応が楽しいからだ。八歳も年下のガキに『かわいい』などと言われると、さすがにプライドが傷つくのか、カイジは必ずこういう顔をする。
 中坊であることを理由にして、キス以上のことは断固として禁じられているカイジとの関係の中で、しげるが唯一年下であることの利を感じられる瞬間だった。

 しげるは石のように黙っているカイジの脇を強引に通り抜け、ひとつ飛ばしで階段を下りる。
 地面に降りて踵を返すと、不機嫌そうに階段を下りてくる仏頂面が目に入った。
「ったく……このマセガキが」
 隣に並んだカイジが頭を小突いてくるのを笑いながら避け、逆にその手を掴む。
 そして、今はまだ自分より高い位置にあるカイジの顔を睨むように見上げ、笑う。
「みてな。すぐに大人になって、あんたのすべて、手に入れてやるから」
 宣戦布告するような台詞に、カイジはみるみる苦い顔になり、掴まれた手を乱暴な仕草で振りほどいた。





[*前へ][次へ#]

2/9ページ

[戻る]