アンカー・2(※18禁)

 そっと、カイジは包帯の上からアカギの傷に触れた。
 わずかにしかめられた顔を見ながら、傷の深さを確かめるように指でなぞる。
 アカギの額が珍しく汗で湿っていて、そこにかかる前髪がしっとりと濡れている。
 普段のアカギなら決して見せない、余裕のない表情。
 カイジの髪にアカギの手が触れた。
 こんな状況でもあさましく体に点る熱と、どうしようもないやるせなさが、カイジの心を斑に塗りつぶしていく。

 アカギの手から吸いかけのタバコを奪い、灰皿に押し付ける。
「動くなよ」
 言い置いてから、傷にさわらぬよう慎重にアカギの体を床に横たえる。
 立ち上がり、アカギをまっすぐ見下ろしながら、カイジは自分のズボンを落とす。
 影になって、その表情がアカギからは窺えない。
「あらら。どういう心境の変化?」
 アカギは少しだけ意外そうに笑う。
「オレとやりたくて来たんだろ?」
 自分の指を舐めて湿らせながら、カイジはにこりともせずに応える。
「気が変わった。お前、いつ死ぬかわからねえから。やれるときにやっといたほうがいいだろ」
 痛む胸を、自分でえぐるような言葉だった。
 今こんなことをしたところで、残るのはただ虚しさだけだということはわかっている。
 ただ、悪夢とアカギの傷によってもたらされたやり場のない感情をぶつけるためだけに、どうしてもこうするしかなくなっていた。





 カイジはアカギの上に跨がり、じりじりと腰を落としていった。
 すでにカイジ自らの手で解されているそこは、それでもかなり窮屈で、異物を全力で拒もうとする。
 しっかりと目を瞑り、悩ましげに眉を寄せるカイジの顔を、アカギはただ見上げる。
 時間をかけ、ゆっくりと根本まで飲み込むと、カイジは肩を震わせながら詰めていた息を吐いた。
 自らくわえこみ、自分の上で欲情に目を潤ませているカイジを仰ぎ、アカギはからかうように言う。
「なかなかいい眺めだな」
「ぅ、るさい。ちょっと黙ってろ」
 前屈みになり、アカギの体の横に手をついて、カイジは腰を動かしはじめる。

 不規則にぶれる視界でアカギを見下ろしながら、カイジはふと思う。
 体を繋ぐような容易さで、アカギを『こちら側』へ繋ぎ留めておけたら。
 一瞬過った考えの馬鹿馬鹿しさに、軽く頭を振る。
 あの夢のせいだ。感傷的になりすぎている。
 カイジは思考を止めた。

 徐々に火が点き、動きが貪婪になっていく。
「は、ぁっ」
 むせかえるような血と精のにおいと、獣じみた荒い吐息が、溺れるほど静寂を満たしていく。

 ぽつり、と。
 なんの涙なのか、カイジの目からこぼれた雫が、アカギの胸に落ちた。
 アカギは目を眇めてカイジの顔を見る。
 体を襲う快楽に耐えながら、カイジは血を吐くように言葉を絞り出す。
「死ぬ、な、アカギ……っ」
 たったひとつ、望んでいること。
 自分を追い詰めるなにかを無我夢中で振り払うように、カイジは繰り返す。
「死ぬな……っ」
「……」
 無防備にさらしていた自身を握られ、カイジは言葉をとぎらせた。
「っあ、ぁ」
 あっという間に上り詰め、さっきとは違う涙が溢れる。
 一度、体を大きく震わせて、カイジはアカギの手中に放った。
 収縮する内部に眉を寄せ、アカギもカイジの中に放つ。





 窓の外を濡らすひそやかな雨の音が、行為の後の静けさをひきたてる。
 起き上がるアカギに手を貸しながら、カイジは気まずさでアカギの顔から目をそらした。

 死ぬな、などと。
 どうして言ってしまったのか。
 アカギは返事をしなかった。そんなこと、わかっていたはずなのに。
 いたずらに、虚しさを増長させただけだった。

 うつむくカイジの心を読み取ったかのように、アカギがふっと笑った。
「あんないいもん見られるなら、死ぬに死ねねえよな」
 茶化すような言い方。欠片さえの本心も交じっていないような、薄っぺらな言葉だった。
 だが、もはやそれに憤ることもうろたえることもなく、カイジはただ静かに目を伏せる。
 傷口に沁みるような雨音だけが、ずっと止むことなく続いていた。



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