捕える


 しげるが、執拗にガキあつかいされるのを、嫌がっていたことは知っていた。
 それでも、そういう態度を崩さなかったのは、オレがしげるとの勝負に逆立ちしても勝てないから。その、ささやかな腹いせのつもりだったんだ。
 自分でも、大人げなかったと反省している。

「だから、これをはずしてくれっ……!!」

 カイジの部屋。
 銀鼠に光る拘束具に両手足の自由を奪われたカイジは、立ったまま自分を見下ろすしげるに懇願した。
「いい眺め。カイジさん、気分はどう?」
 人間性を疑われるような真似をしておきながら、いつもと寸分違わない様子のしげるに、カイジは恐怖を覚える。
「いいわけねえだろっ……!! 早くはずせよっ……!!」
「駄目。はずすわけないでしょ」
 しげるは野蛮に笑う。
 その髪は乱れ、白いシャツのボタンはいくつか飛んでいる。
 それはカイジの抵抗の跡。
 カイジの髪と衣服も、しげるに負けじと乱れていた。

「意外と手こずらせてくれたね。カイジさん、腕っぷしはけっこう強いんだ」
 間違っても中学生が吐く台詞ではない。
 いやそれ以前に、こんな蛮行、人間のすることではない。
 自分がとんでもなく大きな地雷を踏み続けていたことに、カイジは今さら気づいた。

 青くなるカイジに、しげるは慈悲を与えるような笑みを向ける。
「カイジさん、これ、なんだと思う?」
 軽い金属音をたてて胸ポケットから取り出されたそれは、小さな鍵だった。
 カイジははっとする。
 この忌まわしい枷と、同じ色で輝く鍵。
 あれは、おそらくこの拘束具の鍵だ。
 奪おうと、発作的にカイジはもがく。
 無論、立つことすらままならず、逆にバランスを崩してごろりと床に倒れた。

「そんなにこれが欲しい?」
「ほ、欲しいっ……!!」
 素直に頷くカイジを愉しそうに見ながら、しげるはそれをぱくりと口に入れてしまった。
「ああっ!! お、お前、いったいなにを……っ!!」
 あたふたしているカイジの体を抱き起こし、しげるは薄笑みを浮かべる。
「そんなに欲しいなら、自分で奪ってみろよ」

 目の前で炯々と輝く瞳。
 なぜ、こうなるまで気づかなかったのだろう。
 この、悪魔のような顔に。

 カイジは後悔の念にとらわれたが、どうしようもない。
 奪うといっても、手足は使えない。
 となると、口だ。
 口で奪うしかない。
 おそらくしげるの思惑どおりに事が運んでいることを忌々しく思いながら、カイジはバランスを崩さぬよう慎重に体を傾ける。

 おそるおそる唇を合わせ、かたく閉ざされたしげるの唇を舌でなぞる。
 機嫌をうかがうようなそのやり方に、しげるは息を漏らして笑う。
 しげるが唇をうすく開くと、待ち兼ねたように舌がねじこまれた。
「……っ、ん……」
 鍵を奪おうと乱暴に動き回る舌を、しげるは巧みに翻弄する。

 カイジは焦った。
 舌先はなんども冷たい感触に触れるのに、すぐに引きはがされてしまう。
「ぅ……っ」
 気がつくと、いつのまにかカイジの口内にしげるの舌が侵入して、生き物のように這いずりまわっている。
 カイジの顔にかかる髪が口に入らないように、しげるが撫でるように耳にかける。
 上顎を舐め上げられ、カイジの腰が疼いた。
(やべ……っ)
 熱をもちはじめた下半身が気になって、カイジはもう鍵どころではなくなってしまう。

 中学生、それも男にキスされて、勃起してるなんて知られたら――

 ぐるぐると思考の渦にはまるカイジの口の中に、固いものが押しこまれた。
(……!?)
 唇が解放される。
 カイジは間のぬけた顔で、舌に感じる金属の形を確かめる。
 鍵だ。
 思わずしげるの顔を見るが、相変わらず読めない笑みを浮かべている。
 意外にあっさり奪えたことに拍子抜けしたが、カイジはとりあえずほっとする。

 だが、そこではたと気づいた。
 外せない。
 両手は後ろで拘束されている。
 カイジひとりの力では無理なのだ。
「おい、しげるっ!! これはずせっ」
 鍵をくわえたまま、カイジは怒鳴る。
 しげるの笑みが邪悪なものに変わる。
「鍵は渡したんだから、自分ではずしたら?」
「アホかっ……!! できるわけねえだろっ……!!」
 わめきたてるカイジに喉奥で笑い、しげるはカイジを柔らかく押し倒した。

「ふふ……、そんなガキみたいにわめくなよ、カイジさん」
「……っ」
 挑発的な物言いに憤るカイジの口に、しげるは指を突っ込む。
 取り出された鍵は、ふたり分の唾液にまみれて濡れ光っていた。
 外してくれるのか、というカイジの期待をあっさり裏切って、しげるはそれを部屋の隅に放った。
「!! てめぇ……っ!!」
 固い音をたてて壁にぶつかったそれを、カイジは慌てて目で追う。
「カイジさんが自分で外せないなら、もう必要ないでしょ。オレはもとから外す気ないんだし」
 カイジの下肢に、しげるの手がするりと触れた。
「……うわっ!? しげるてめぇ、どこ触ってやがるっ……!!」
 さっきのなごりで熱くなっているそれを服の上から撫でられ、カイジは焦る。
 しげるはカイジの胸に顔を埋め、くつくつと笑う。

「ねぇ、カイジさん。ちょっと痛いかもしれないけど、許してね。いつもみたいに」
 きな臭い台詞に、カイジの体が硬直する。
「許してねって……お前、まさか……」
 獲物を前にした肉食獣が舌舐めずりをするような笑みを浮かべ、しげるはカイジの頬に噛みつくようなキスをした。

「かわいいよ、カイジさん」



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