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過去拍手
副官ず・2


 そして今日も副官達は。
「連絡会」を開催しているのであります。





「うー、今日は冷え込むなあ」
 程好く温められた香辛料入りの葡萄酒を呑みながら、舞剣副官・広重は逞しい身体を小さく縮込ませた。
「確かに、今年一番の寒さだな」
 同意する宮古は背筋こそ伸びてはいるものの、その身には厚手の上着をしっかりと着込んでいる。
 この寒空の下で呑むのは四剣が副官である彼等も流石に躊躇われたのか、今日は定位置である露台では無く、食堂隅にある丸卓を囲んでの連絡会である。
 食堂側も暖を確保すべく盛んに薪を燃やしているが、今夜の寒さには追い付かないらしい。


「うん、今朝なんて庭園の泉にも氷が張ってたもんね」
 同じく温めた杯を抱く様にしながら、豪剣副官・沢渡も小さな頭を頷かせた。
「明日から天気も良くないみたいだし、もっと冷え込むのかなあ」
「俺、南波の方に行く事が多いからさ、寒いのって苦手なんだよ」
「俺も南岸地方生まれだから、あんまり得意じゃないし」


 湯に浸けて温めておいた葡萄酒の瓶を自分の杯に傾けながら、沢渡は首を竦める。「――どうせ寒くなるなら、雪でも降ってくれれば良いのに」
 次いで静剣副官・氷見の杯に瓶を傾けながら――ちなみに明日の当直当番は宮古である――沢渡は、そういえば、とその顔を覗き込んだ。


「氷見って北雪出身だよね。あの国の冬って、もっと寒い?」
「ええ。もっともっと寒いですよ」
 副官達の中で唯一、寒さを微塵とも感じていない様子の氷見は、常と変わら無い穏やかな微笑を浮かべながら頷いた。
「じゃあ、今日の寒さは全然平気なの?」
「全然、という訳では無いですが、まあ、これぐらいでしたら」
 故郷を思い出しているのだろう、北雪人特有である薄水色の瞳を懐かしげに和ます氷見に、へえーと感嘆の声を上げる残りの三人である。


「北雪って言えば、なあ氷見、女王陛下ってどんな方なんだい?」
 相変わらず縮込みながらも興味が湧いたらしい、首だけを氷見の方へ伸ばす様にしながら広重が尋ねる。「――噂だと、とても美しい方だって聞いたけど」
「あ、俺も聞いた事ある!『その美しさは真白き雪の如く、その気高さは聖なる峰の如く』ってね」
「ええ。お顔は勿論、お声も歩くお姿も、本当にお美しい方ですよ」
 頷く氷見に三人は、へえ〜と再び感嘆の声を上げる。


 長年親しく交流している南波国、何かと突っ掛かってくる西風国に比べ、北雪国とは昔から接する機会が極端に少ない。
 もっともそれは東雲に限定した話では無く他の二国も似たような状況であるので、専ら北雪側に要因があった。
 鉱物資源が豊富な一方、食糧の大部分は輸入に頼らなければならない御国事情の為、物流に関してははそれなりに発達しているのだが、如何せん人的交流には興味無しときている。
 氷見の様に他国に永住する者も少なく、国内の事情についても噂話程度にしか漏れ聞こえてこなかった。


「北雪って代々女王様だよね。ずっと昔からなの?」
「いいえ、もともとは男王が立っていましたが、鉱物資源を巡る抗争が長年続きまして。血みどろの争いに終止符を打つべく、女性が王位を継承する現在の形になったのですよ」
「うわあ、昔は結構大変だったんだ」
「女王制に替わってからは、穏やかな治世が続いていますよ」
「――『氷と山に傅かれた、雪の女王の統べる国』、かあ」
 どんな国なのかなあと呟きながら、沢渡はふと懐かしそうに表情を緩ませた。


「そう言えば俺、小さい頃は『女王陛下の騎士』に憧れてたんだよなあ」
「女王陛下の騎士?」
 相変わらず縮込みながらも、広重は不思議そうに首を傾げる。
「あ、広重知らない?北雪にいる騎士達の事」
「騎士って事は、俺達みたいなの?」
「うーん、ちょっと違うかなあ。俺達「東の剣」は東雲国を守っているだろ?でも北雪の騎士は女王陛下を守っているんだよ。ね?氷見」


 話を振られた氷見は、そうですと微笑みながら頷く。
「ええ。北雪には通常の部隊とは別に、女王陛下直属の騎士団がいます」
「選りすぐりの、一握りの剣士だけが騎士になれるんだよね。剣の腕前だけじゃなくて、人格や忠誠心も厳しく審査されて、やっと女王陛下を守る資格が得られるんだ」
「詳しいですね、沢渡」
「だってもし北雪に生まれてたら、俺、騎士になりたかったもん」


 小さな子供の様に瞳を輝かせながら話す――またその目が愛らしい顔には良く似合うのだ――沢渡に、残りの三人は小さく笑いながら頷いた。
「あ、勿論、東雲に生まれたからには東の剣が一番だよ?本当だよ?」
「分かってるって」
「でももし、生まれる国を選べたとしたら、どっちにする?」
「うわ、難しい質問するなあ、宮古は」
 むうと眉間に皺を寄せて考え込み出した沢渡だったが、次の瞬間、あれ?と言いながら手を挙げた。


「静剣だ」
「え?どこに?」
「ほら、扉の処‥‥あ、気付いたみたい」
 誰かを探すように辺りを見渡していた静剣・清水は、沢渡の手招きに直ぐに気付いたらしい、笑みを浮かべると四人の方へと歩み寄って来た。
「歓談中にすまないね、氷見、急ぎ見て欲しい書類があるんだけど」
「はい、分かりました」
「ちょっとうちの副官を借りるね。直ぐに返すから」
「いえいえ、ごゆっくり〜」


 ひらひらと手を振りながら悪戯っぽく送り出す沢渡に、清水も微笑みながら肩を竦めると、副官を伴って食堂を出て行く。
「静剣、まだ仕事してるんだ」
「玉城の防衛計画を見直しているからな、暫く遅くなると言っていたよ」
「晴海ちゃん、一人で大丈夫?」
「家政婦さんに泊まり込んで貰うって」
「そっかぁ。――静剣、再婚しないのかな」
「相手は幾らでもいそうなのに」
「‥‥さあ、どうなんだろう」


 一瞬、宮古の表情がぎこちなく強張ったが、ほんの一瞬だった為に二人は気付かなかった様だった。
「それより沢渡、騎士と東の剣、どっちにするんだ?」
「あ、まだその質問続いてたの?宮古」
「勿論」
「最強の剣士集団か、誇り高き騎士団か」
「天帝の祝福を受けた剣か、女王陛下から賜る宝玉の剣か」
「宝玉の剣?」
 再び意味が分からないといった風に首を傾げる広重に、ああと宮古は顔を向けた。


「騎士の剣には、その証として柄に宝玉が埋め込まれているんだ」
「‥‥宝玉、」
「確か菫青石だった気が‥‥だよな?沢渡」
「うん、薄水色の菫青石だよ。女王の居城の地下深くからしか採れない、希少な石なんだって」
「‥‥菫青石、薄水色、」
 二人の言葉を復唱する広重の顔が、何故か徐々に青ざめていく。


「?どうした?広重」
「‥‥いやでも、まさか、」
「だからどうしたんだ?」
「いや、‥‥その、あのさ、氷見の剣って、滑り止めの布が巻いてあるだろ?」
「ああ。お前だって槍に巻いてるじゃないか」
「うん、まあ、そうなんだけど。‥‥でさ、前に一度、詰所で氷見が一人だった時に、その布を巻き直しているのを廊下から見ちゃった事があって」
「‥‥ちょっと待て、広重」


 何となく嫌な予感を感じた宮古が微かに身を引くが、広重の口は止まらない。
「俺、その時はてっきり、金目の物だから人目につかないように隠しているんだと思って、だから俺も今まで黙ってて、」
「待て、広重、ちょっと待てっ」
「そ、そうだよ広重、見間違いなんじゃ、」




「でも確かに薄水色だったんだよ!柄に埋め込まれてた石の色!」




「「‥‥‥‥‥‥‥‥」」
 二人の制止も虚しく広重によって放り込まれた爆弾は、丸卓に深い沈黙をもたらすには充分以上の効果があった。
「‥‥まさか、」
「‥‥ねえ?」
 やがてそろそろと顔を見合わせた宮古と沢渡は、互いに呟くとぎこちなく笑みを浮かべる。


「ほ、ほら、氷見の好みかもしれないしっ」
「でも、氷見に宝玉を飾る趣味は無さそうだよ」
「鍛冶師が趣味で埋め込んだのかもしれないしっ」
「そんな紛らわしい事、鍛冶師はしないんじゃないかな」
「北雪にいた時に、誰かから貰ったかもしれないしっ」
「女王様から貰った剣を他人に譲るような人は、そもそも騎士になれないんじゃ」
「ひーろーしーげーっ!」


 必死の言い聞かせを悉く否定していく広重に、沢渡がついにその襟首を掴むと強く揺さぶる。
「お前、何でそんなの見ちゃったんだよ!」
「だ、だって、たまたまっ、く、苦しいって、さわたりぃっ!」
「じゃあなに?広重は氷見がそうだって言うわけっ?あの氷見が、じょ‥‥」
「――沢渡っ」


 遮る様に名前を呼ぶと、宮古は慌てて沢渡の口を手で塞いだ。
「みゃ‥‥、ちょ、な‥‥、っ」
「しっ、沢渡黙って!」
「な、‥‥なん、だっ‥‥」
「いいから!今、」




「――あれ?どうしました?三人して」




 ふいに頭上から降り掛かってきた穏やかな声に、団子状態になっていた三人は恐る恐る振り返る。
「昼間提出した書類に不備がありまして。‥‥もしかして、何か揉めていましたか?」
 人の好さそうな微笑を浮かべている氷見は、どこからどう見ても、彼等が良く知る『静剣の副官・氷見』以外の何者でも無く。
 その腰から下げられている長剣は、連日詰所で見馴れている『氷見の長剣』以外の何物でも無く。




「「「‥‥いえ、何でも無いです‥‥」」」




 今日も副官達は。
 とても仲良しな様子です。


◆◇◆◇◆

そんなわけで、副官ず第二弾です。
流石になんだったので(笑)、名前を付けてみました。
氷見は結構色々と彷徨った後、清水に拾われて東の剣に加わっております。その話はまたいずれ。



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