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Girl's Talk・1

 一人の少女が足早に歩いていた。


 凜と姿勢良く伸ばされた背中、颯爽と軽やかな足取り、装飾を排除した直線的な服、歩みに合わせ規則的に揺れる栗色の髪、真っ正面に向けられた榛色の瞳。
 少女の歩いている場所が兵士の訓練所なだけに、うら若き女剣士かと見紛う凛々しさだったが、その腕に抱えられた数冊の分厚い書籍が外観の総てを裏切っていた。


 ――国立図書館司書補。それが少女の肩書きである。


 そのままきびきびと訓練所内を闊歩する少女は、やがてするりと中庭へと入り込む。
 人気の無いその小さな空間で、ふわり・・・・と薄物の女官衣が舞うのを視線の先に認め、少女は表情を和らげた。 
「綾‥‥」
 学舎時代からの友の名を呼び掛けた少女だったが、しかし口を閉ざし暫くの間、その舞の様な剣技を見学する事にする。
 午後の柔らかな陽射しを浴び、たおやかな女官の装いのまま軽やかに剣を振るうその姿は、鮮やかに心惹かれるもので。
 まるで剣の精の様ね、と少女は思う。




「綾菜」
 暫く後、剣の動きを止めた友の名を、少女は今度こそ呼び掛けた。
「・・・・藤緒」
「相変わらず見事なものね」
「声を掛けてくれれば良かったのに」
「だって本当に綺麗なんだもん。勿体無くって」
 少女――藤緒の手放しの賛辞に、綾菜と呼ばれた少女は、ありがとうと微笑む。
 その柔らかな物腰と穏やかな笑みは、繊手に握られた一振りの細剣さえなければ、模範的な女官そのものだ。


「でも、よくそんな動き難い服で剣が扱えるわね、綾菜」
「護衛女官見習いだもの、仕方ないわ。これでも随分と動き易く仕立ててあるのよ」
 微笑んだままそう言った綾菜は、太股に取り付けてある鞘に収めつつ――その上から緩く薄布を羽織れば剣の存在はまず分からない――改めて藤緒の格好を眺めた。


「私より貴女こそ、そんな男の子の様な格好をして」
 綾菜はたしなめるような視線を友へと向ける。「――せっかくの美人が台無しよ?」
「別に構わないわ。私は誰のものにもなる気は無い。館長だって独身だし」
「またそんな事言って。いつ誰が貴女を見初めるか分からないのよ?」
「関係ない。私の一番は綾菜だから」
「‥‥藤緒」


 思わず言葉を失った綾菜へ、でもそうね、と藤緒はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「例えばそうね、殿下が頭を下げて懇願してきたら、結婚して差し上げても良いけど?」
「藤緒!」
 友のあまりに不敬過ぎる台詞に、綾菜は驚いたようにその名を呼ぶ。
「冗談よ。殿下なんて雲の上のお方だわ」
「もう、他の人の前で言ったら駄目よ」
 確かに現天帝の嫡男は適齢期ではあるが、城下の井戸端会議ならさておき、都城内で言って良い類の冗談では無い。
 しかも藤緒の口調は、明らかに上位視点からの其れである。場合によっては口頭注意だけでは済まされない。
「分かってるわよ、そんなに馬鹿じゃない」
「どうかしら、貴女の性格だと心配だわ」


 どうやら本気で心配している――そして暫く後に友の戯言が現実になるとは夢にも思っていない――綾菜が、小さくため息をついた時。
 綾菜!と中庭の反対端から、同じく女官姿をした同期の少女が招く声が響いた。
「・・・・あ、」
「じゃあね、綾菜」
 綾菜が同期の方へと振り向いたのを潮に、藤緒は本を抱えていない方の手を友へと向かって振る。
「訓練頑張ってね。私もこの本、届けてくるわ」
「あ、待って、藤緒」


 それじゃあと、ひらりと踵を返し掛けた藤緒へ、綾菜は慌てたように声を掛けた。
「もう。貴女ってば、言いっ放しで行くつもり?」
「?なにが?」
「私の一番も貴方だって事、覚えておいて頂戴」
 生真面目な友の、真摯過ぎる一言に。
「・・・・ありがと」
 一瞬目を見開いた後、藤緒は艶然と幸せそうに笑った。



◆◇◆◇◆

帝妃と綾菜の若かりし頃、でありました。
樫山夫妻は、夫婦そろって天帝夫妻命、であります(笑)


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あきゅろす。
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