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幼馴染・4


「――何ですって?」
 それまでとは比べ物にならない程に麻乃の声が不意に低く険しくなり、桜木は思わず首を竦めた。
 恐る恐る正面の顔を覗き見ると、幼馴染は予想に違わず鋭い視線を此方へと向けている‥‥なまじ造作が良いだけに、恐ろしさ倍増である。
「もう一度おっしゃい、桜木」
「いやその、‥‥つい?何となく?」
 語尾を濁しながら、あははははと笑って誤魔化してみようと試みるも、麻乃に対して無論そんな戦法が通じる訳も無く。
「誰彼構わず?、つい?、何となく?、してしまう方だったんですね、貴方って人は」
 北雪の永久凍土にも負けない程の冷たい視線を浴びせられ、桜木は中途半端な笑みを浮かべたまま、そっと反論を試みた。
「‥‥いや別に、誰彼構わずじゃないけどさ」
 言いながら首を横に振る。「――例えば、お前や蒼川や宮古には、頼まれたってやらん」
「絶対に頼みませんから安心して下さい」
 ぴしゃりと突っ撥ねると、麻乃は自身を落ち着かせる様に翠茶の入った茶碗を傾ける。
 桜木もまたそれに倣う様に翠茶を口に含んだが、図書館長から頂いたと言うそこそこ高級なのであろう茶の味も、全くもって解らなかった。
「大体、何も言わずにいきなりだなんて酷過ぎます」
「そう言ってもなあ、仕方ないじゃないか」
「何がどう、仕方ないと言うんですか」
「いやまあ、その‥‥ねえ?」
「何がどう、ねえ?なんですか」
「‥‥」
「桜木、黙ってないで何か」


「――っ、仕方ないじゃないか!あまりに可愛かったんだから!!」


 とうとう、大声で叫ぶように言い切った桜木に、思わず麻乃も茶碗を取り落しそうになった。




 ‥‥事の発端は、短夜祭の話だった。
 海上戦で怪我を負い、祭へ出掛ける事の出来なかった蒼川の為に、屋台の品々を購入してきた麻乃を軽い気持ちでからかったところ、反撃を食らってしまい。
 「そう言う桜木は亜紀と何をしていたのですか?」と問い質され、有無を言わせず白状させられてしまったのである。
「‥‥可愛かったんだよ、本当に。亜紀のあの黒い瞳に花火が映っててさ。一生懸命に空を見上げてて」
「で、思わず?」
 ――口付けたと?
「はい、思わず」
 ――頬にだけどね。
「場所は関係ありません、桜木」
 再びぴしゃりと言われ、はいすみませんと桜木は首を竦める。
「順番と言うものがあるでしょう?何故先に気持ちを伝えずに、実力行使に出たのですか」
「実力行使って、そんな言い方ないだろう」
「いいえ桜木。まずは気持ちを確認すべきです。きちんと相手を思い遣ってこそ、良い関係は築かれるのですよ?」
「それはそうなんだけどさ‥‥って、ちょっと待て、そう言うお前達はどうなんだ?」
「私達、ですか?」
 不意に反論され、麻乃は思わず桜木を見上げる。
「そうだよ、お前達。と言うか蒼川の奴は、一々確認なんて取らないんじゃないのか?」
「‥‥‥‥‥」
 途端、顔を強張らせ黙り込む麻乃の様子に、桜木はやっぱりとほくそ笑む。――形勢逆転。
「そうだよなあ。蒼川は『まず行動ありき』だからな。あの手この手で籠絡されているんじゃ‥‥」
「桜木っ」
 何て事を言うんですか!と、思わず立ち上がる麻乃。その頬は夕陽を染め抜いた様に赤い。
「‥‥あ、やっぱりそうなんだ。ふうん」
「ちょっと待って下さい、桜木。何を納得しているんですか!」
「いやいや、ふうん、そうなんだねえ」
「だから桜木!勝手に納得しないで下さい!!」



 ‥‥幼馴染同士ののろけ話は。
 もうしばらく、続くようです。



◆◇◆◇◆

 短夜祭の後の幼馴染、でありました。
 そういえば桜木が麻乃に顛末を語るシーンは本編に出てこないなあ、と思いまして。
 ちょっと情けない桜木であります。

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あきゅろす。
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