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幼馴染・3



「ごちそうさまでした」
 空になった幾つかの皿を前に両手を合わせると、麻乃は椅子から立ち上がった。
 台所に立つ母へ重ねた食器を渡し、再び謝意を述べると食卓を後にする。
 自室へと戻り、昨夜のうちに用意してあった手提げ袋を手に取ると、再び台所へと顔を出した。
「それじゃあ、母さん」
 食器を洗う背中へと声を掛けると、手を止めて振り向いた母は何時もと変わらぬ小さな微笑を浮かべる。
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
「行ってきます」
 取り立てて激励は無く、しかしその日常感がかえって心地良い。
 再び台所作業へと戻る母の小柄な背中をもう一度眺めると、麻乃もまた足を踏み出した。
 短い廊下を抜け、玄関の扉を開ける。
 差し込む朝の光に少し目を細め‥‥その先に幼馴染の姿を見付け、おやと麻乃は顔を上げた。
「おはよう、麻乃」
「おはようございます、桜木」
 どうしました?と首を傾げながら近寄ると、桜木はどこか困った様な表情になった。
「いや、その、ちょっと早く起きちゃってさ」
「そうですか。‥‥あ、訓練はいつからですか?」
「来月になったら、詰所へ入所だってさ」
「準備とか、色々と大変ですね」
「全然。楽しみでしょうがないよ」
 心底嬉しそうに言う桜木に、麻乃もまたそうですかと笑顔を返す。
 ‥‥桜木の許へ『東の剣』の合格通知が届いたのは数日前。
 幼い頃から剣術に秀で、東の剣の入隊試験にも確実に通るだろうと言われていた桜木だったが、それでも朗報を受けた時には満面の笑みを浮かべて麻乃の家まで飛んで来たものだった。
 確かに桜木には天賦の才があったのだろう、しかしそれだけでなく毎晩遅くまで地道に修練を重ねていた事を麻乃は知っている。
 そう、桜木は結果に見合うだけの努力をしてきたのだ。だからこそ、その手に望む将来を掴む事が出来た。
「‥‥今度は私の番ですね」
 桜木の顔を真っ直ぐに見詰め、麻乃は頷く。
 自分もまた望む場所へと辿り着く為に、知識を積み上げてきた。
 国立図書館の司書になりたい――幼い頃からの夢を叶える為に、思いつく限りの全てを頭の中に叩き込んできた。
 それでもちらりと頭を掠めてしまうのだ。私はもっと出来たのではないか、まだまだ足りない物があるのではないか‥‥


「大丈夫」


 静かに響く幼馴染の声に、はっと顔を上げる。
 麻乃の視線を受けて、桜木は言い聞かせる様に深く頷いた。
「大丈夫、麻乃はよくやったよ。だから大丈夫」
「‥‥はい」
 桜木の声が心の中に沁み込む。
 押さえても抑えても湧き上がってしまう弱気な想いを、ゆっくりと溶かして行く。


 そう。
 私は大丈夫。


「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 頑張れよと手を振る桜木へ、麻乃もまた振り返し。
 自分の目指す場所へと一歩、踏み出した。




◆◇◆◇◆

 麻乃が司書の試験を受けに行く日の、若き頃の幼馴染達、のお話でした。
 ちょうど受験シーズンに、受験生がんばれ!といった思いで書いたものです。

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