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過去拍手
副官ず・5




 そんなわけで。
 今日も副官達は「連絡会」で盛り上がっております。




「――『誰が一番強い』って?」
 華剣副官・宮古は、傾けていた杯を元に戻すと、傍らに座る豪剣副官・沢渡を見遣った。
「うん。昼間に詰所でさ、『四剣で一番強いのは誰ですか?』って若い連中に聞かれて」
 沢渡は――自身も十分に若いのだかそれはさておき――返事に困っちゃったと、野菜炒めの大皿へ箸を伸ばす。
「皆、どう思う?」
「うーん、そうだなあ」
 瓶に半分ほど残っている葡萄酒を沢渡の杯へと注ぎながら、舞剣副官・広重は首を傾げた。
「取り敢えず、船上だったらうちの舞剣が強いと思うけど」
「あ、ありがと、広重。‥‥そうだねえ、確かに足場の悪い所は舞剣が一番かも」
「槍を使うなら、やっぱり豪剣だよな。俺も槍遣いだけどさ、格の差って言うのかなあ、手合せすると全然敵わないって感じるよ」
「そりゃあ、うちの豪剣だもん。右に出る者は居ないよ」
 上司を褒められて嬉しいらしい、沢渡は葡萄酒を片手に満面の笑顔である。
「‥‥それを言うなら、さ」
 広重と沢渡のやり取りを最初は静観していた宮古だったが、口を挟みたくなったらしい。
 何時もは華剣の事を手厳しく遣り込めているのだが、何だかんだ言いながらも上司自慢となると、黙っては居られない様だ。
「うちの華剣だって、長剣を扱えば東雲、いや四国随一だ」
 これだけは譲れない、とばかりに言い切った宮古に、うんうんと頷く広重と沢渡。
「豪剣も、剣じゃあ華剣に敵わないからなあ」
「それにあの余裕。俺も見習いたいよなあ」
「まあ、槍だったら豪剣だけどね」
「船で双剣を遣えば華剣さ」
 先程よりも熱心に頷き合う、広重と沢渡。
 互いの上司の腕前は素直に認めながらも、最終的には自身の上司に戻って来る副官達なのである。
「――ねえ、氷見はどう思う?」
 お姉さん、海藻の酢の物お願い!あ、ちょっと甘めでね!と店員に追加注文をした後、沢渡は傍らを振り返った。
 妙に盛り上がっている三人を余所に、暫く沈黙を守っていた静剣・氷見だったが、なんですか?と沢渡へ穏やかな微笑を向ける。
「どう、とは?」
「四剣で、誰が一番強いと思う?」
「そうですねえ」
 杯を片手にふうむと律儀に考え込んだ氷見は、再びそうですねえと呟いて顔を上げた。
「船上なら舞剣、槍なら豪剣、長剣なら華剣、ですよね。でしたら、」
 うんうんと何度か確認する様に頷きながら、氷見は手元の杯を見詰める。「――素手なら静剣、ってところでしょうか」
「素手?」
「それってどういう意味?」
「情報収集とか、そう言う事?」
「まあ、そう言った意味もあるのですが、‥‥一つ、面白い話を聞いた事がありまして」
 先の静剣から伺ったのですがと、氷見は小さく苦笑した。
「まだ静剣が副官になったばかりの頃、剣士達数人で城下に飲みに出かけたそうで。その時、ごろつき達にちょっとした言掛りを付けられて、大乱闘になったそうです」
「へえ、四剣が一人・静剣に難癖付けるとはまた、命知らずが居たものだね」
 愉しそうに笑う沢渡に頷き返しながら、それでですねと氷見は話を続ける。
「‥‥最終的に剣士側へ軍配が上がりましたが、多勢に無勢だった所為で剣士達も流石に無傷とは――まあ、掠り傷程度ですが――とは行かなかったそうです。しかし、服にも髪にも解れ一つなく、手にした杯から酒を零す事も無く、無論息も乱すことなく、最期まで無傷でいた男がいたそうで」
「もしかして、それが?」
「ええ、今の静剣です」
 肯定する氷見の言葉に、へえええと感嘆の声を上げる三人。
 確かに東の剣に所属する者であるからには、ある程度以上の喧嘩能力は携えている。
 しかし、基本的には得物を手にしてこその剣士なのだ、素手での闘いにそこまで慣れている者はあまり居ない。
 ましてや首都防衛を主な任務とし、一日の大半を机の前で過ごしている静剣なのである。
 眼鏡の奥に覗く柔和な瞳から、一体誰がその様な能力を想像出来るだろうか。
「静剣って、拳闘が得意だったんだ。ちょっと意外」
「徒手で鍛錬をする事はあまり無いからな、あまり気付かれなかったんだろう」
「それこそ、喧嘩に巻き込まれでもしなければ、って事か」
 それぞれにふうむと頷き合う三人。
 やがて沢渡が、それで?と氷見の顔を覗き込んだ。
「それで、その後どうなったの?」
「‥‥静剣は、食卓の下に隠れていた主人に持っていた杯を差し出して、にっこりと笑い掛けたそうです。『――おかわり、くれる?』と」
「で、主人は?」
「とっておきの酒を、樽ごと差し出したそうです」
「‥‥賢明な判断だ」
 ううむと唸る広重。
「まあその様な訳で、素手なら静剣、と述べたのですが‥‥如何でしょうか?」
「異議無し」
「俺も」
「同じく」
 三者三様に賛同の手を挙げる同僚の姿に、氷見は再び穏やかに微笑した。
 控え目ながらも満足気な表情がちらりと浮かんでいる所からするに、氷見もまた上司自慢に参加したかったのかもしれない。
「――剣士様方、葡萄酒をもう少し如何ですか?」
 丁度そこへ、残り僅かとなった卓上の酒瓶に目を止めた店員が、お代りを抱えてやってくる。
「ああいや、もう今日は‥‥いや、やっぱりもう一瓶、頂きます」
 店員の勧めを一旦断りかけた宮古だったが、ふと気を変えた様に手を差し出した。
 葡萄酒を受け取り、卓を囲む四人の杯へと注いで行く。
「おや宮古、もう一杯行きますか?」
「そうだね、折角だし飲もう飲もう」
「じゃあ改めて、何に乾杯する?」
「そりゃあ勿論、」
 最後に自分の杯へと注ぎ終えた宮古は、ぐるりと仲間達を見渡すと、悪戯っぽく笑った。「――静剣に」
「よし、静剣に乾杯!」
「むしろ、完敗、かな?」
 思い思いに笑いながら、四人は杯をかち合わせる。




 ‥‥副官達の「連絡会」は。
 今宵ももう暫く、続くようです。


◆◇◆◇◆

 今回の副官ずは、上司の強さ比べでありました。
 こう見えて清水さんは強いのよ?という感じです(笑)

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あきゅろす。
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