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過去拍手
若者達・2

 そして今日も少年達は。
 厨房長から、籠一杯の野菜の皮剥きを言い付かっているのである。



 しゅ、しゅ、という微かながらも小気味良い音を立てながら、少年は慣れた手付きで大芋の茶色の皮を剥いてゆく。
 最後まで残っていたへたも綺麗に取り除くと、真っ白な実を傍らに置かれた籠へ放り込んだ。
 そのまっさらな大芋を、今度は横に並んだ友人がまな板の上で適当な大きさに切り分ける。
 とんとんとんとん‥‥規則正しく響くどこか懐かしい音に耳を傾けながら、少年は一心に包丁を動かしていたのだが。
「‥‥」
 ふと。
 その手が止まる。
「?どうした、虫でも喰っていたか?」
「あ、ううん、大丈夫」
 友人の声に首を横に振った少年だったが、しかし包丁を握った指は考え込む様に空中で留まったままだった。
 ‥‥こうなると、暫く少年は黙りこくってしまう。
 深く深く、心の中へ潜り込んだ時の少年の癖だ。
 そんな姿を良く知る友人は、それ以上話し掛ける事はせず、手元の大芋を刻む作業へと戻る。
「‥‥あのさ、」
 やがて口を開いた少年は、ゆっくりと包丁を握り直すと籠から一つ、大芋を取り上げた。
 しゅ、と皮に包丁を入れる。
「俺、やめる」
「何を」
「皇子」
「‥‥」
 唐突な少年の宣言に、普段はあまり物事に動じない友人も流石に目を見開く。
 しかし直ぐにその真意を見定める様に少年の顔を見詰めた後、あっさりと頷いた。
「分かった」
 一言そう呟いた後、淀む事無く大芋の切り分け作業を続行する。
「‥‥良いの?」
 今度は少年が友人を見詰める番である。あまりにあっさりと了承した友人に対し、呆気に取られていると言った方が正しいかもしれない。
 政治は兄や弟に任せておけば安泰だ、とか。
 彼等が「文」なら自分は「武」を担当したい、とか。
 将来、兄弟間で後継ぎ争いをしたくない、とか。
 色々と言い訳を用意していたのだが、いとも簡単に頷かれてしまい、些か拍子抜けしたのだ。
 もしかして、本気にしていないんじゃ‥‥。眼差しに疑いを込めた少年に対し、友人は分かっているよと苦笑した。
「皇子、やめるんだろ?」
「‥‥うん」
「お前がそうしたいのなら、そうすれば良い。良いとか悪いとか言う問題では無いし、そもそも俺が決める事でも無いしな。畏れ多すぎる」
「‥‥それは、そんな事、」
「それに、」
 とんとんとん。
 友人の手元から響く包丁の音には、何の躊躇いも戸惑いも無い。
「皇子でも船乗りでも、お前はお前だ。俺がお前の側に居る事に変わりは無い」
「、」



 ざく、と。
 少年の包丁が、不意に動きを乱した。



 その煽りを食らって手の中から滑り落ちそうになった大芋を、慌てて掴み直す。
 改めて背筋を伸ばし、何とか正常な構えに戻すと――ついでに自分の指も切っていない事も確かめ――ふうと小さく安堵の息を吐いた。
「‥‥なんだよ、その反応は」
 少年の大き過ぎる動揺に、友人は心底意外そうな表情を浮かべる。
「俺、何か変な事でも言ったか?」
「うん、‥‥いや、別に」
 そんな事、無い。
 首を何度も大きく横に振った後、少年はそろそろと包丁を動かし始めた。



 しゅ、しゅ。
 とんとんとん。
 しゅ、しゅ。
 とんとんとん‥‥



「――皇子、じゃなくても?」
 小さな。
 耳を傾けないと聞こえないぐらい本当に小さな声で、少年は友人に問いかける。



――分かっている。
 「やめます」「はいそうですか」と単純には行かない事ぐらい。
 多くの人間の思惑に押し潰され、身動きが取れなくなる事もあるだろうし。
 小枝を揺らす微かな風音にすら怯え、眠れぬ夜を幾晩も過ごす事もあるだろう。
 あるいは責任放棄だと厳しく咎められ。あるいは勢力拡大を狙う一派に絡み付かれ。あるいは大切な人々に多大な迷惑と危険を浴びせ。
 あるいは‥‥それこそこの航海を一時の夢と思い、大人しく都城へ帰った方がどんなに楽な人生であったかと思い巡らす時があるやもしれない。
 それでも少年は、決して後悔はしないだろう。



 知ってしまったのだ、何処までも広がる空と果てしない海の蒼さを。
 決めたのだ、この国だけでなくこの海もまた護ろうと。



 遠慮がちに発せられた、消えそうな少年の声。
 しかし傍らに立つ友人の耳には――それが例えどれほど離れていたとしても――違わず届く。必ず届く。
「ああ、居るよ」
 いつまでも、お前の側に。


◆◇◆◇◆

自分の未来を決める次男と、その意志に賛同する甥、でした。
こうやってこの若い二人は何があっても、軽やかに突き進んでいってほしいと思っております。

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