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国主達・1


 『国の代表者』とは言え。
 思う事は、市井の人々とそう変わらないものでして。




「いやしかし、今日も本当に綺麗でいらっしゃる」
 葡萄酒の杯を片手にした南波国主は、よく日に焼けた厳つい顔には似合わぬ、心底うっとりとした表情を浮かべながら呟いた。
 その視線の先にあるのは、北雪女王の美しき横顔だ。
 数年前、若き騎士との婚姻を控えた先の女王を突然の転落事故で亡くし、やや年嵩の従姉である彼女に期せずして女王の座が廻ってきたのだが、周囲の心配を余所に心の動揺を微塵も感じさせない堂々とした立ち居振る舞いで次々と国政を執り行ってゆき、今では押しも押されもしない麗しき『雪の女王』である。


「見てみろ東雲の。あの万年雪の様に白き肌。あの氷壁の様に揺るがない気品」
「『その美しさは真白き雪の如く、その気高さは聖なる峰の如く』、ですね」
「ああ、一度で良いからあの滑らかな頬に触れてみたいものだ」
「即刻騎士達に遮られて慇懃に追い返されるだけですよ、南波の」


 おおよそ国主同士が交わすには低俗過ぎる話題に対して、しかし東雲国主である我等が天帝は苦笑しながら肩を竦めるのみである。
 若かりし頃は大半の時間を洋上で過ごし、国主となった今でもなお暇あらば愛船へ飛び乗る初老の南波国主と、若くして亡父から帝位を継ぎ、混乱する国内を見事に復興させた実力派の天帝。
 生い立ちや国勢などは異なるものの現実主義者という点では相通じる事が多く、幾らかの歳の差はあるが何かと気の合う仲だった。


「その『女王陛下の騎士』だがな。奴等もまた美男美女の勢揃いと来たもんだ」
 見てみろ、とばかりに杯を持っている手を騎士達の居る方向へと向けた南波国主は、同意を求める様に天帝の顔を見る。
 確かに、北雪人特有の長身に揃いの瀟洒な制服を隙無く着こなした騎士達は、各国から選りすぐりの文武両官が集まるこの広間の中でも一際目を惹く存在だった。
 現に酔っ払った勢いで――あるいは振りをして――彼等に誘いを掛ける者達は幾人も居たが、何れも丁重ながらも取りつく島もない態度であしらわれている。


「確か東の剣にも一人居たよな、北雪出身が」
「ええ、静剣の副官をしている氷見という者が」
「その御仁もあんな感じなのかい?」
「性格は随分と穏やかですが‥‥そうですね、見た目としては長身で見栄えが良くて、あんな風とも言えますね」
「騎士って言うのは、もしかして顔で選ばれるのか?」


 満更冗談でもないらしい南波国主の言い草に、天帝は流石に咎める様な視線を向けた。
「南波の。その様に無礼な事を言っては、追い返されるだけでは済みませんよ。彼等は四国一誇り高き騎士なのですから」
 ま、四国一強いのはうちの剣士達ですけどね。
 ついでとばかりに嘯く天帝へ、今度は南波国主が呆れた様な視線を向ける。「――貴殿の方が余程無礼だと儂は思うがね、東雲の」


「それにですね、南波の。彼等が美男美女に見えるのには、ちゃんとした理由があるのですよ」
「ほう、それは?」
「其の一。彼等は常日頃から身体を鍛えています。つまり肥満や痩せ過ぎになる事無く、理想的な体型を維持出来ます。
 其の二。戦時には寝る間も無くなりますが、今の様な平時は早寝早起きをし、三食きちんと食べ、規則正しい生活を送っています。その結果、お肌はつやつや、顔色も良好。
 其の三。彼等は『女王陛下をお守りする』事に全力を尽くしています。高い目的意識はその瞳を生き生きと輝かせるもの。


「其の四。彼等は女王陛下の最も近くを警護すると言う名誉に預り、北雪国中の憧れの的。自ずと立ち居振舞いや姿勢も良くなっていきます。
 そして極めつけは、あの騎士達が纏う蕭洒な制服。制服と言うのは古今東西、纏う人間の容姿を二割増に見せる効果があるらしいですよ。――とまあ、こんな感じです」
「――確かに」
 天帝が指折り数え上げた「理由」に対し、南波国主もふうむと頷く。
 そして再び騎士達の顔を念入りに見回した後、ややっと驚いたような声を上げた。


「おお、確かによーく見ると、結構普通の造りの奴もいるな」
「‥‥南波の、それ、あまり大きな声で言わない方が良いですよ」
「要は普段の生活態度や心掛け次第で、見た目なんぞは幾らでも変えられるって事か」
「ええ。反対に言えば、幾ら見掛けを飾った所で中身が伴って居なければ、いとも容易く化けの皮は剥がれると言う事です」
「確かに確かに。肝に銘じておくよ」


 ははははと豪快に笑いながら杯を傾けた南波国主は、それにな、と天帝を振り返るとにやりと笑った。
「操船の正確さなら、うちの船乗り共の方がまだまだ上さ」
「それを言うなら、うちの剣士達だって腕っぷしの強さでは負けていませんよ」
 ははははは。
 ははははは。
 互いに自国の自慢をし合うと、再び杯を飲み交わす。


「面構えの良さなら、うちが」
「身体の鍛え方なら、うちが」
「いやいや、喧嘩っ早さなら」
「なになに、乱闘騒ぎになれば」
 ‥‥結局のところ。
 『うちの子が一番』な二人の国主なのであります。




「‥‥何の密談をしているやら」
 扇を優雅に仰ぎながらこっそりと呟くのは、噂の的である美しき淑女。
 小振りの杯を上品に傾けつつ、小さく溜息を吐く。――ほんと、男は仕様が無い。
「陛下?」
「いえ。――ああ、お代わりを頂けるかしら」
 声を掛けてきた騎士の一人に静かに微笑みながら、ゆったりと広間内へと視線を巡らす‥‥飛び込んできたのは、「華剣殿!」と叫びながら嬉々として駆けて行く将軍・虹の後ろ姿。
「‥‥」


 ああもう。
 本当に、男ってのは。
「――仕様が無いんだから」
 運ばれてきた杯をありがとうと受け取りながら、仕方ないわねえ、と女王は悪戯坊主達を窘める様に微笑んだ。 



◆◇◆◇◆

 四国会議後の宴会での各国国主達の様子でした。
 お偉いさんも、お酒飲んだらただの人、というわけで(笑) 


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