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過去拍手
樫山・1



 それは。
 愛と呼べば良いのか。
 恋と呼べば良いのか。




「いらっしゃい!」
 樫山と綾菜の夫婦が、私邸宮の扉をくぐると。
 程なくして軽快な足音と共に、はしゃいだ声が応接間に飛び込んで来た。
「帝妃様、この度は夫婦揃って御招き頂き、」
「硬い挨拶は抜きよ、綾菜」
 少女の様な仕草で綾菜の手を取ると、振り返り、樫山へも親しげな笑みを向けた。


「樫山様も、ようこそお越し下さいました」
「お邪魔致します、帝妃様」
「陛下が庭でお待ちですわ。お見せしたい物があるとか。その間、綾菜をちょっとお借りしても良いかしら?」
「勿論です」
「ありがとう。――さ、こちらに来て、綾菜。煮込みの味をみてほしいの」
 頷く樫山に帝妃は微笑みを浮かべると、綾菜と連れ立って台所へと向かう。


「‥‥」
 二人の楽しげなさざめきが去るのを、和やかな視線で見届けた後。
 樫山は、庭へと続く廊下をゆっくりと歩き出した。





「陛下」
 帝妃が丹精に手入れをした、緑と花の生い繁る庭を覗くと。
「樫山、こっちだ」
 はたして主は庭木の下にしゃがみ込み、肘まで袖を捲り上げた格好で土を掘り返していた。
「‥‥何をなさってるのですか、一体」
 やや呆れた声で溜め息混じりに呟くと、樫山は大股で主の元へと近寄る。
 その細身の背中越しに覗き込むと、穿たれた穴の中に沈んでいたのは、小さな金属製の箱。


「、これは、」
「思い出したか」
 泥が付いたままの指で額の汗を拭うと、天帝は少年の様に悪戯っぽく笑った。
「もう、そんな頃ですか」
「ああ、あれから5年だ」
「よく覚えていらっしゃいましたね」
「お前が忘れても困らないようにな」
「いえ、忘れていた訳では」


 前回から、もう。
 5年の年月が経っていたとは。
 瞬く間に過ぎて往く時間を、樫山はしみじみと振り返らずにはいられない。
「腐ってないよな」
 が、感慨に耽っている樫山の横で、天帝はすこぶる現実的であるらしい。
 さっさと土中から箱を引き揚げると、蓋を開け、油紙を勢い良く剥がしていく。


「お、大丈夫だ」
 やがて天帝が掴み出したのは、双振りの小さな懐剣。
 二人で机を並べた高等学舎からの卒業の際、恩師から贈られた物だった。
「陛下、そろそろ保管場所は考え直した方がよろしいかと」
「何を言う。木の下だからこそ楽しいのだろう?」
 宮内から洩れる灯りに懐剣をかざし、心底愉しげな様子の天帝から同意を求められ、樫山に反論出来る訳がない。
 再び5年間、土中へ潜る事が決定した懐剣の片割れを、差し出されるままに樫山は手に取った。



 向き合い。
 互いの肩に、抜き身の剣を当てる。



「我、汝に久遠の誓いを」
「我、汝に久遠の誓いを」



 互いの胸に切っ先を当て、そのまま腕を交差し己の胸にも当て。
 最後に剣をかち合わせると、ゆっくりと鞘に仕舞った。
 互いが唯一無二の存在である事を誓う、東雲に古くから伝わる『剣の誓い』。
 血液とも婚姻とも異なる、しかし深く濃い縁を結ぶ誓いだった。


「これで5年間、契約更新だな」
 やはり現実的な天帝は、余韻に浸っていた樫山の手から剣をさっさと抜き取ると、油紙の中に突っ込んでしまう。
 交代の申し出に手を振って断り、瞬く間に土を被せ直していく天帝の背中を、樫山はじっと見詰めた。



 愛でもなく。
 恋でもなく。


「‥‥陛下」
「なんだ」
「久遠を誓っているのに、何故5年おきに?」



 家族への穏やかな愛しさとは明らかに違う。
 激しく。
 強く。



『この御方の為に』



「‥‥」
 珍しく言葉を探しあぐねた天帝は、ふと背後を振り返り、樫山の目を真っ直ぐに見詰めた。
「樫山は俺のものだから。俺は樫山のものだから。――それを確認したいから。感謝したいから」
 その瞳は。
 共に学んでいた頃から、全く変わる事の無い潔さで。



 突き上げるような思慕は。
 焦れる程に溢れる忠誠は。

 愛も。
 恋も。


「――命を掛けてお慕いしております、陛下」



 総てを込めて。


◆◇◆◇◆

 昔もこれからも天帝命な樫山、でありました。
 本編では脇役な二人ですが、設定はあれこれと作っていたりします。

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あきゅろす。
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