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華剣主従・1

「‥‥始まったな」
 風に乗って響いてきた微かな笛の音に、桜木は机に拡げていた報告書から顔を上げた。
「ええ、始まりましたね」
 隣の机で補給品の残数計算をしていた宮古も、耳を澄ます様にしながら窓の外を見詰める。
 一年で最も太陽が高く昇り、そして一年で最も夜の短い日に催される祭――短夜祭が今年も始まったのだ。

「そう言えば俺、ここ何年も行ってなかったな、短夜祭」
「私も暫く行ってませんでした」
 上司と部下は互いに顔を見合わせると、小さく苦笑いを浮かべる。
「仕事好きだな、お互い」
「仕方無いですね。四国会議の後で何かと忙しいですから」
「一応交代で休みは貰えているんだが、なかなか行けないのが現状だからなあ」

「舞剣や広重は上陸休暇中だから行きやすいようですが、それでも手が足りないと警護にかり出されていますしね」
「清水なんかは祭の警備対応で毎年徹夜だしな」
「ええ、静剣になってから一度も祭に行っていないようです」
「一度も?」
 思わず声を上げる桜木。
 確かに清水は飄々として掴み所の無い所はあるが、静剣としての役割は十二分に果たしている事を桜木も知っている。
 しかし流石に一度も行った事が無いとは予想外だったようで、小さく唸った。

「じゃあ晴海は?」
「私が一度連れて行った事はありますが、それ以外はお手伝いの方にお願いしているようです」
 短夜祭は読んで字の如く、日が沈んでから夜が明けるまで一夜を徹して行われる祭である。
 子供達もこの日だけは夜更かしを許され、屋台から屋台を覗き回るのを毎年楽しみにしているのだが、しかし子供だけの夜歩きは認められておらず必ず保護者が付き添う事になっていた。

「愛娘と祭に行った事が無いなんてなあ。ったく清水の奴、言ってくれれば俺達で交代するのに」
「一晩全ては無理でも、晴海を連れ歩く少しの時間ぐらいでしたら、氷見と我々で対応出来ますよね」
「ああ、大抵問題が持ち上がるのは、酔っ払いが暴れだす夜中過ぎだからな。それまでに帰って来てくれれば大丈夫だ」

 よし、と言いながら桜木は報告書を片手に立ち上がった。
「来年は何が何でも、清水には晴海と祭へ行ってもらうとするか!」
 どこか悪戯を企んでいるような桜木の楽しげな表情に、宮古も笑いながら頷く。
「ええ、そうしましょう。――華剣にしては、珍しく良い提案ですね」
「珍しくって何だよ、珍しくって‥‥あ、宮古」

 ふと思いついた様に、桜木は宮古の顔を覗き込んだ。
「お前も一緒に行ってきても良いんだぞ?清水達と」
「私は良いですよ、折角の親子水入らずを邪魔したら悪いですし」
「何を遠慮しているんだか。お前だって家族の一員だろうが」
「‥‥そう、ですね」
 微かに声の調子を落として呟く様に言うと、宮古はどこか諦めた様に笑う。

「でも私は静剣の代わりに此処で対応する方が、性に合ってます」
「‥‥そうか」
 小さく頷いた桜木は、椅子に腰掛けながら宮古の頭をくしゃりと撫でた。
「そう言う華剣はどうなんです?誰か連れて行く方はいらっしゃらないんですか?」
「今年はね」
「今年『は』ですか?『も』の間違いでは?」
「うるさい。来年は――いや、来年は清水の件があるから再来年には行く事にするよ」
「再来年、ですね?」
「あーいや、数年の内には、‥‥って、見ていろ宮古、とびきり可愛い子を連れて来てやるからな」
「はいはい、せいぜい頑張ってくださいね」

「そんな可愛く無い事を言っていると、こっそり白夜を連れて来るぞ?」
「止めて下さいよ!西風の隊長なんて、それこそ大問題じゃないですか!!」
「大丈夫大丈夫、あいつの事だ、見付からずに潜り込めるさ」
「そう言う問題ではありません!と言うより、潜り込まれる方が問題です!!」

 暢気に提案をする桜木に、遠慮無く打ち砕いていく宮古。
 やはりこの二人はこうでないとな――、扉に凭れ掛かりながら漏れ聞こえる声を聞きながら、清水は声を立てないように笑った。
 同じ様に扉に背中を預けている樫山の顔を、楽しそうに見上げる。
「と言うわけで樫山、来年はちょっと娘と出掛けてくるね」
「ああ、そうすると良い」

「樫山は?樫山だって、奥方とは随分と行ってないんじゃない?」
「いや、俺達は良い」
「そっか。綾菜殿は帝妃様の、樫山は陛下のお忍びの護衛で忙しいからね」
「っ、」
「大丈夫、他の皆には内緒にしてあるから」
「‥‥」
 人差し指を唇に当てながらにっこりと微笑む清水の顔を眺めながら、やはりお前が一番恐ろしいなと内心呟く樫山であった。


◆◇◆◇◆

数年前の華剣主従at短夜祭の夜、なお話でした。
こっそり都城を抜け出す天帝&樫山話も書いてみようかなあと企む今日この頃であります。

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