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過去拍手
幼馴染・1


 戸外から聞こえてきた微かな物音に、麻乃は書きかけの書類から顔を上げた。
 何事かと暫く鎧戸を見詰めるも、しかしその後は何の音も聞こえてこない。
「‥‥」
 ――この年の瀬の、しかも真夜中に、わざわざ私を訪れる物好きも居ないでしょう。
 図書館に御用がある方は大扉を叩く筈ですし‥‥首を傾げつつも再び書類へと目を落としかけた麻乃の耳に、再び鎧戸は――今度は先程よりも大きく――ことことと音を立てた。


「‥‥」
 微かに不審げな表情を浮かべつつ、麻乃は立ち上がる。
 細く開けた鎧戸越しに外を覗けば、そこに佇むのは白い息を吐く幼馴染の見馴れた顔だった。
「桜木?」
 慌てて、鎧戸を大きく開け放つ。
 凍てついた真夜中の空気と共に屋内へと入り込んで来た桜木は、頬を幾らか青白くしながらも良かったと微笑んだ。


「まだ居たんだな。新年休暇で、もう家に帰った後かと心配したよ」
「すみません、お待たせして。今夜まで受付担当なのです、明日の夕刻には帰りますよ。桜木は?」
「うちも交代で休暇を取っているよ。生憎俺は、明日と明後日が遅番でね、もう暫く詰所暮らしさ」
 今年はくじ運が悪かった、と桜木は悪戯っぽく肩を竦める。


「で、残った連中で年越しの宴会をしていてね。もし良ければ麻乃もどうかと思ったんだが」
「‥‥折角のお誘いなのですが、」
 しかし顔を曇らせると、麻乃はゆっくりと左右に首を振った。
「万一、私の留守の間に図書館を必要とする方がいらっしゃってはいけませんので」
「やっぱり駄目か」
「申し訳ありません」
「いや、お前ならそう言うと思っていたよ、麻乃」


 顔の前で手を振ると、桜木は想定内だと言う風に頷いた。
「――と言う訳で、先回りをして土産を持って来た」
 言いながら桜木が差し出したのは、小さな紙箱。
 受け取りそっと蓋を開けると、小さく丸められた五色の福餅が艶やかに行儀良く並んでいる。
 古来より新年を迎える時に食されている、伝統の御祝菓子だ。


「ああ、これは綺麗ですね‥‥」
 彩りの鮮やかさに、思わず感嘆の声を上げる麻乃。
 その愉しげな様子に、桜木も釣られる様に微笑む。
「実家が餅屋の奴が居てね。『同僚の皆様と』って大量に持たされたらしい。見掛けだけでなくて、味も良いぞ」
「ありがとうございます、よろしくお伝えください」
 感謝の意を込めて深く一礼する麻乃に、分かったと桜木も頷き返した。





 ‥‥やがて二人の耳にも。
 遠く幾重にも響く神殿の鐘の音が、微かに届く。





「‥‥鳴り出したな」
「‥‥ええ」
 鐘の音が響き終わる頃、この大陸は次の年を迎える事となるだろう。
 昨日今日明日と、延々と絶える事無く続いていく。
 しかし古き衣を一枚脱ぎ捨てた、真新しい日が始まる。
「じゃあ、そろそろ戻らないと」
「はい。‥‥あ、ちょっと待って下さい」


 去り行こうとする幼馴染を呼び止めた麻乃は、棚の上から紙包を取り上げると桜木へと手渡した。
「お返しに、これを」
 そっと紙包を開くと、黒い小さな錠剤が十数個ころりと顔を覗かせる。
「二日酔いに効く薬です。痛飲される方はいないとは思いますが、念の為」
「お、これは良い物を貰ったな。ありがたく使わせて貰うよ」
 ありがとうと微笑むと、桜木は麻乃へ向かって軽く手を挙げた。





「実りの多い年でありますように、桜木」
「麻乃もな。良い年であらん事を」





 ‥‥近しき貴方に。
 多くの幸いを。



◆◇◆◇◆

新年を迎える幼馴染な二人、でありました。
実家の仔猫と戯れる麻乃とか、その隣の家の庭で剣の稽古をしている桜木とか色々考えましたが、今回はこんな感じで。
また機会があったら幼い頃の二人を書いてみたいです〜

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