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過去拍手
清水・1


 のんびりと歩を進めていた清水の足が、とある曲がり角でふと止まった。
「‥‥」
 城下の一角、飲食店が軒を連ねる界隈。
 もう一軒飲みに行くと言う仲間達と別れ、剣士用宿舎のある都城へと戻る途中である。
 明日は早朝から当直当番である為、一人先に帰る事にした清水ではあったが、しかしまだこの高揚した空気とは分かれ難い気分だった。
 ぐるりぐるりと遠回りをしながら歩いているうちに、件の曲がり角へ差し掛かったのである。
「‥‥」
 じっと耳を済ませる。
 ‥‥がしかし、聞こえてくるのは一筋向こう側の通りから響く、酔っ払いの笑い声だけ。
 気のせいだったかなあ?と首を捻り、もう一度足を進めようとした清水の耳に、再び微かな怒鳴り声が聞こえた。
「、」
 間違いない。
 こっちだ。
 裏通りへと続く横道を、足早に駆ける。
 常時懐へ忍ばしてある小太刀の存在を意識の隅におきつつ、自然に湾曲を描く道を抜けると、ふいに小さな広場へと出た。
 視線を巡らす間も無く清水の目に飛び込んできたのは、街灯の明りを受けて佇む長身の青年。
 片手に布にくるまれた長い棒状の様な物を持ち、どこかひっそりとした気配を漂わせている青年は、しかし一人ではなかった。
 一目でごろつきと分かる風体の悪い男達に、ぐるりと取り囲まれていたのである。
「てめぇ‥‥っ」
 呻く様な声を上げながら青年に踊りかかったのは、中でも一際屈強な男。
 明らかに喧嘩慣れしているその男の拳を、しかし青年は首を振るような最小限の動作で避けただけだった。
 続けて繰り出される二発、三発目も同じ様にかわすと、棒状の物をすっと動かし男の首筋を突く。
「!」
 傍目にはさほど強い力で突いた様では無かったにも関わらず、男の身体は無言のままその場に崩れ落ちた。
 その様子に、男達の間には明らかに動揺した気配が広がっていく。
 よくよく見ると、青年の足元には先程の男以外にも3人ほどが正体無く転がっている。
 どういう経緯かは不明だが数を頼りに青年へ襲い掛かったものの、反対に幾人もの仲間を倒されてしまい、ようやく男達は青年の強さに気付き出したところらしい。



「――いけないねえ」



「っ、」
 不意に背後からのほほんと声を掛けられ、男達は一斉に振り向いた。
 脇道からのんびりと歩み寄ってくる清水の姿を認めると、ざわっと一際動揺した空気が渦を捲く。
「なんだ、お前は」
「怪我したくなかったら引っ込んでな」
「どっちに非があるかは分からないんだけど、でも、多勢に無勢は良くないな」
 ねえ、そうじゃない?
 男達の脅しを物ともせず小首を傾げて微笑む清水の様子に、一瞬男達は気勢を削がれ掛け‥‥慌てたように、ああ?と凄味のある声を発した。
「なに訳のわかんねえ事言ってんだよ」
「もしかして、コイツの仲間か?」
「あ、いえ、俺はただの通りすがりなんだけどね。でもさ、やっぱり多勢に無勢ってのは、どうしても見逃せなくて」
「うるせぇっ!」
「邪魔するんなら、血を見るぞ」
「うーん、あんまり血って苦手なんだけどなあ、俺。出来れば穏便に済ましたいんだけど‥‥って言うより、」
 にっこりと。
 眼鏡の奥の目を細めて、清水は微笑む。
「どちらかというと、血を見るのは貴方達だと思うんだけど?」
「‥‥」
 言い終えると一層深くなった清水の微笑に、男達は明らかに怯んだ表情を浮かべた。
 これ以上訳の分からない奴らと関わっていられない――さっと視線を交し合うと、じりっと後退の体勢を取り出す。
「あ、じゃあ、俺達もこれで」
 戦意の喪失した男達に、おやすみなさいと駄目押しの笑みを浮かべた清水は、そのまますたすたと青年の側へと近寄り、その腕を取った。
「ねえお兄さん、こっちへ‥‥ん?」
 ゆっくりと振り返った青年の顔を見上げた清水は、その顔が予想以上に老成し無表情である事、そしてこの国では殆ど見かけない薄く澄んだ水色の瞳を宿している事に、おや?と首を傾げた。
「お兄さん、北雪の人?」
「‥‥」
 黙ったまま暫く清水の顔を眺めていた青年だったが、やがて小さく一礼するとくるりと背を向けた。
 終始凪いだ様な気配を崩さないまま、静かに立ち去っていく青年の後姿を清水は慌てて追いかける。
「ちょっと待って。お兄さん、この街には来たばかりなんじゃない?」
「‥‥」
「宿は?行く当てはある?」
「‥‥」
「――もしかして北雪人だから絡まれてたの?」
「、」
 どうやら図星だったらしい。
 青年の頭が微かに揺れた。
「ねえ、よければ俺のうちに来ない?」
「‥‥」
「あ、うちって言っても宿舎だから、気を使わなくて良いよ。行く当てが無いなら、取り合えず一晩泊まっていったら?」
 何故だろう。
 何故かこのまま青年を行かせてはいけないような気がした。
 この青年は、どこか生き急いでいる気配がする。自分の身はどうなっても良いと、投げ遣りな気配がする。
 心の中に大きな空洞を抱えている様な表情の無い顔を、清水はどうしても放っておけなかった。
「ねえ、お兄さん?」
「‥‥」
「俺は清水。お兄さんの名前は?」
 ふと。
 前を行く青年の足が止まった。
 一瞬だったが、ちらりと清水の顔を振り返る。
「‥‥氷見」
 囁く様に小さな声だったが、清水の耳には十分に届いた。
「氷見――か」
 ああ、大丈夫。
 この人は、まだ大丈夫だ。
「じゃあ氷見、おいで。ほら」
 小さく微笑むと、清水は自分より頭一つ以上高い青年の肩を叩くと、逃してなるものかとその腕を取った。




END

◆◇◆◇◆

 初めて出会った時の清水と氷見、でありました。
 とある事件がきっかけで失意の底にあった氷見は、何だかんだで清水に救われるのでした・・・という背景は考えているのですが、文字に出来るやらどうやら(汗)



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