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過去拍手
蒼川・1



 初めて彼を見た時。
 姫神だと思った。





 『幼馴染を紹介する』と同僚に連れてこられたのは、国立図書館だった。
「麻乃、こっちこっち」
「?どうしました、桜木」
 大きな窓が設けられた階段の踊り場に、桜木は司書の一人を呼び寄せる。
「ほら蒼川、これが麻乃だ」
「はじめまして、蒼川と‥‥」
 言いながらその顔を見て。
 思わず息を呑んだ。


 陽光を受けて光る亜麻色の髪。
 夜明けの空のような薄紫の瞳。


 姫神が。
 目の前に現れた。


「‥‥あの?」
 呆気に取られて凝視してしまった俺に、姫神は‥‥ではなく桜木の幼馴染は、不思議そうに首を傾げる。
「あ、いえ、蒼川といいます。桜木と同じ部隊におります」
 内心の動揺を取り繕うに微笑みを浮かべながら、改めてその顔を見つめる。


 似ていた。
 南波国で警備船に乗る叔父に見せてもらった、海の女神・碧姫神の御守画。
 髪といい瞳といい、儚くも凛々しく美しい顔立ちといい。
 幼い頃、叔父に何度もねだっては、胸をときめかせて眺めていた姫神にどことなく似ているのだ、この司書は。


「――麻乃です。桜木がいつもお世話になっております」
 照れたような少しぎこちなく浮かべられた笑みに、胸の奧が小さな音を立てた。
 深々と頭を下げられて、こちらこそ、と慌てて頭を下げる。


「違う違う麻乃、俺が蒼川の世話をしているんだよ」
「嘘おっしゃい、どうせ部隊でも迷惑ばかりかけているんでしょう?」
「あーあ。信用ないなあ、俺」
「普段の行いが悪いからです」


 小気味良くやり取りされる会話を聞きながら、幼馴染だという二人を眺める。
 先程の笑顔と一転したきつめの口調は親しさの証なのだろう、見えない絆を見せつけられたような気がして、胸の奧がまた違う音を立てる。


 ああ。
 とうとう捕まったな。
 心の中で小さく苦笑する。


 今まで、熱っぽく見つめてくる視線には、全て微笑み返してきた。
 甘くすり寄ってくる身体には、優しく腕をまわしてきた。
 仕掛けられた誘惑は受けて立つのが義務だと、冗談半分で嘯いていた。


 本気にならない事が前提の、駆け引きを楽しむだけの、双方納得済の恋愛遊び。
 気楽で重荷にならなくて、それはそれで居心地良かったのだけど。


「‥‥そろそろ返上、かな」
「蒼川、どうした?」
「いや、なんでも」
「麻乃が茶を煎れてくれるらしいから、飲んでいこう」
「蒼川殿、こちらへどうぞ」


 姫神の微笑に捕まるなら、悪くは無いな。
 同僚の横でこちらを振り返る凛とした笑顔に、俺も微笑み返した。



◆◇◆◇◆

 初めて麻乃に出会った時の蒼川、でありました。
 いわゆる一目惚れ、ってやつです(笑)



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