「華を織る」
02
昨夜まで。
蒼川が来ていた。
遠征先で自身の不注意から手酷い風邪にかかった、旧知の仲である桜木。
華剣、という称名を天帝より賜りし羨望と崇拝の的の体たらくに、大いに呆れながらも薬草を煎じた麻乃だったが、薬包を受け取りに現れたのは意外な人物だった。
『――こんばんは、麻乃殿』
同僚である桜木に習い、裏庭へ続く掃き出し窓を叩いたのは、銀髪を首筋で結わえ緑の瞳に光を湛えた、異国の気配を纏う男。
群島出身の父親の血を濃く継いだ舞剣・蒼川は、自身の重ささえも感じさせない軽い身のこなしで、麻乃の部屋へと滑り込んできたのだった。
『、え?』
桜木の副官である宮古が来るのだとばかり思っていた麻乃は、迂闊にも無防備にその緑の瞳を見上げてしまう。
瞬間、後悔したがもう遅い。
海の碧を彷彿とさせる瞳は深い色合いを帯び、水面に揺れるような光は、麻乃を強く捉えて離さない。
ふいに、海底へと引き込まれるような感覚に襲われた麻乃は、無意識の内に両の手を強く握り締めていた。
『麻乃殿?』
穏やかに名前を呼ぶ声に先日の記憶が甦り、麻乃は思わず身を竦める‥‥しかし、蒼川はそれ以上近付いて来る気配は無い。
『‥‥蒼川殿、あの、』
『桜木の薬を貰いに来ました』
『、あ!はいっ』
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