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「華を織る」
01 ◆3◆
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 糸の様に細く開けていただけの窓だったが、それでも微風に含まれる冷たさを感じ、亜紀は静かに立ち上がった。寝台の足元を慎重に回り込むと、窓辺へと辿り着く。
 そのまま音を立てない様に外気を遮断すると、振り返り、そっと寝台に横たわる桜木の顔を見詰める――『見詰める』。
「‥‥」


 唐突に目が見える様になった事は勿論だが、『見える』という事に対し亜紀自身がそれほど動揺していない様子にも、周囲からは随分と驚かれた。
 確かに自分でも現状を冷静に受け入れている事は意外でもあり、意識の外では――あの事件と向き合おうと決意した頃から――何か大きな変化が起こるのではないかという予感もあった。
『無意識とでも言うのかのう?きっと意識の下の方では、ちゃんと見えていたんじゃろうて』
 再会した際の同僚の言葉に、亜紀もまた思わず頷いたものだ。


 ‥‥それにしても、と亜紀は再び枕元の椅子へと戻りながら内心呟く。
『忘れるんだ、亜紀』
 あの事件の後、悲嘆と憎悪で埋め尽くされそうになっていた幼い自分を、波瀬はそう言って護ってくれた。結果としてはその言葉が亜紀の視界を塞ぐ符牒となってしまったのだが――そしてその事を心底申し訳なさそうに謝罪されてしまったのだが――しかし感謝こそすれ恨む気持ちは全く無い。
 老織師達も世間の好奇と憐憫の視線をさり気無く飄々と遮り、ここまで育ててくれた。何度礼を言っても足りないだろう。
 そう、彼等はずっと待っていてくれたのだ、亜紀自身が全てを受け入れる事を。



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あきゅろす。
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