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「華を織る」
08



 耳に入っているであろう幾つかの囁き声に対し、しかし宮古は不気味なまでに沈黙を貫いたままだった。その大嵐を内包しているかの様な静けさに誰もが恐れをなし、ここ数日の宮古の周囲には不自然な空白が広がっている。
「‥‥宮古、まだ一度も見舞いに行ってないらしいよ」
 宮古の周囲に漂うあまりに強く張りつめた空気に耐え切れず、思わず清水の執務室へと避難してきた剛剣副官・沢渡は、静剣副官・氷見の淹れてくれた温かい翠茶を一口飲むと、ほっとした様に溜息を吐いた。


「辛いんじゃないかな。華剣のあんな姿を見るのはさ」
 同じく沢渡の後を追う様に執務室の扉を叩いた舞剣副官・広重は、宮古の座っているであろう方角を振り返りながら同意する様に何度も頷く。「――俺だって舞剣が吹っ飛ばされて怪我した時、相当落ち込んだし」
「それにしても、一度も様子を見に行かないっていうのもさあ」
「責任も感じているんじゃないかな。自分が傍に居ればこんな事にはならなかったって」
「だから合わす顔が無いって事?でもそうせざるを得ない状況だったんだし、負い目に感じる事は無いのにさ」


「確かに、自責の念にかられているのもあるかもしれませんが、」
 先程から同僚の為に茶器や菓子の用意をしていた氷見だったが、漸く自身の杯にも翠茶を注ぐと椅子へと腰を下ろしながら口を開く。「――多分、それだけでは無いと思いますよ」
「それだけって?」
「先日、宮古が言っていました。『布団の上なんて、あの人の居るべき場所じゃない』と」
「じゃあ、だから敢えて見舞いに行かないって事?」
「ええ、きっと宮古は華剣の居るべき場所で――この詰所で、帰りを待ちたいんでしょう」
「‥‥そっか」


 氷見の言葉に沢渡は呟く様に言いながら翠茶を傾け、広重もまた賛同する様に深く頷く。
 口に出しては様々な事を言い合っている剣士達だが、その心の内は唯一つだった。
 どうか早く、あの方が戻ってきますように‥‥。



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