「華を織る」
06
しかしその目は亜紀を見詰めない。
その口は亜紀の名を呼ばない。
その手は亜紀の身体を抱き締めない。
『君、やめなさい!』
『そんなに動かしては駄目だ!』
『しっ、声を潜めろ。西風の兵に聞こえるぞ』
頭を打っている可能性もある、ああ何て高熱なんだ、早く寝台へ、誰か医師を――亜紀の気迫に気圧されその言動を呆然と見守ってしまった南波の船員達は漸く我に返ったらしい、慌てて亜紀の身体を桜木から引き剥がすとその身体を船内へと移し始める。
『どうして?桜木様‥‥桜木様っ』
「‥‥桜木様」
静かにゆっくりと上下する桜木の胸元を眺めながら、亜紀は近くの卓に飾ってあった花瓶を手に取り、よく見える様にとその顔の近くへと寄せる。活けてあるのは仄かな甘い香りを漂わせている釣鐘型の一輪の花。
「灯火草が咲いてましたよ」
今朝、宿舎へと向かう途中で微かに漂う花の香りに気付いた亜紀は、庭園へと立ち寄り一輪だけ分けて貰って来たのだ。――そう、桜木と初めて出会った、あの庭園で。
「また一緒に、見に行きましょう?」
だから早く、起きてください‥‥心の中で呟いた亜紀は、そのまま祈る様に目を閉じた。
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