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「華を織る」
05

◆◆◆◆◆


 その桜木が大きな身体を寝台に横たえている部屋では、亜紀が一人、枕元に付き添っていた。
「‥‥」
 今日もまた開門と同時に都城の中を直走り、既に顔馴染みとなりつつある宿舎の管理人に挨拶をすると、そのまま桜木の枕元へ寄せた椅子に座り続けている。
 ――桜木様。
 相変わらず目を覚ます様子の無い桜木の顔を見下ろしながら、亜紀は心の中でその名を呼ぶ。


 あの日、桜木が見付かったと言う一報を受けた瞬間、蒼川や宮古が反応するよりも早く亜紀は駆け出していた。それまでの暗闇に閉された視界が一変し、十数年振りに目の前に広がる色鮮やかな世界に戸惑いながらも、一目散に愛しい人の許へと走る。
『桜木様!!』
 しかし高く掲げられた緋色の旗の下、幾人もの南波の船員達に囲まれる様に甲板へ蹲る桜木は、誰の呼び掛けにも応える事無く一切微動だにしなかった。
『桜木‥‥様‥‥?』


 何で。
 どうして。


『桜木様!!』
 全身ずぶ濡れの桜木の身体へぶつかる様に抱き付いた亜紀は、そのひやりと冷たく強張った感触に思わず息を呑む。亜紀の知る桜木はどんな時でも温かくしなやかだったのに。
『桜木様、何で?』
 最初はそっと、やがて激しく強く、何度もその身体を揺さぶる。剣士として強靭に鍛え上げられている筈の桜木の身体は、糸の切れた人形の様に頼りなく前後に振れた。亜紀の知る桜木はどんな状況にも揺るぎ無く大きかったのに。



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あきゅろす。
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