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「華を織る」
03



「、」
 先程までの調子伺い気味の様子とは打って変わった蒼川の柔らかな口調に、麻乃ははっと顔を上げる。見上げたその顔には、声音と同様に穏やかな微笑が浮かんでいた。
「貴方がこうやって俺を看病してくれるから、俺は全力を出せる。俺を待っていてくれるから、俺は帰って来れる。貴方が居るから、」
 微笑を更に深めた蒼川は、感謝の意を表す様に恋人の手を取った。「――俺は俺で居られます、麻乃殿」
「蒼川殿‥‥」
 嘘偽りの無い正面切っての謝意に、麻乃もまた表情を緩ませる。常であればそのまま恋人同士の甘い雰囲気に傾れ込むところだが、しかし今の二人には更に大きな気懸りがあった。


「では、桜木を見に行ってきますね」
「ああ、俺も行きます」
 椅子から立ち上がる麻乃に合わせて、蒼川もまた壁に立て掛けてあった杖を手に取る。一瞬、このまま自室で安静にする様に言い掛けた麻乃だったが、言い出したら聞かない恋人の性格を思い出し、そのままその身体を支える様に自身の肩を差し出した。
「ああ、すみません」
「無理はしないで下さいね」
 麻乃が先導する形で部屋を出ると、桜木の部屋を目指し歩き出す。軽く右足を引き摺る蒼川の歩調に合わせてゆっくりと移動しながら、ふと麻乃は自身の掌へと視線を落とした。


「‥‥私に出来る事は、もう何も無いのでしょうか」
「貴方は雪名残であいつの傷を癒したじゃないですか」
 自身を責めるかのような恋人を慰める様に、蒼川は麻乃の肩に置いた掌に軽く力を込める。
 あの夜、西風の兵達に見付かる事無く無事に南波の警備船に引き上げられた桜木には、幾つかの打撲や裂傷があるものの命に係わる様な大怪我は見当たらなかった。しかし長時間水中に居た所為か幾日も高熱が続き、漸く微熱程度にまで下がった今も昏々と眠り続けている。
 薬師である麻乃、東の剣に所属する医師、更には城下の名医と名高い御仁にも往診してもらったのだが、その意識を戻す事は誰にも叶わなかった。


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あきゅろす。
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