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「華を織る」
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 例年よりも気温が高く永遠に続く様な気がしていた今年の陽気だが、流石にこの時期ともなると随分と涼しい風が吹く様になってきた。この調子ならば暑さもぶり返す事無く、徐々に冷気が忍び込んでくるのだろう‥‥自室の窓から外を眺めながらそんな事を考えていた蒼川は、不意に横合いから伸びてきた掌に両頬を挟まれ強引に正面を向かされた。
「‥‥麻乃殿、何を」
「治療しているので、余所見しないで下さい」
「いやでも、痛めたのは右足‥‥」
「此方にも擦り傷がありますよ」
 物静かながらも有無を言わせない口調で蒼川の言葉に被せてきた麻乃は、その繊手を恋人の首筋へと当てながら手早く消毒を施してゆく。


 西風からの脱出後、都城からやや離れた小さな港で下船した――道中、千洋に散々文句を言われながら――蒼川は、自室へ戻るよりも先に図書館の麻乃の許へと赴いたのだったが、待ち構えていたのは熱い抱擁でも労いの言葉でも無く、恐ろしい程に真剣な薬師としての眼差しだった。
 挨拶もそこそこに「まずは脱いで下さい」と身ぐるみ剥がされ、恥や欲を感じる間もなく全身をくまなく調べ上げられる。やがて右足の捻挫と数か所の擦り傷以外には異常の無い事を確認した麻乃は、漸く緊張を解き改めて蒼川をその両腕で抱きしめたのだった。


 それが数日前の事であり、麻乃の調合した薬のお蔭か擦り傷に関しては当て布を外せるまでに回復していた。しかし右足は蒼川の予想以上に痛めてしまっていたらしく、寝台の上に逆戻りである。
「麻乃殿、そろそろ歩いても」
「もう暫く安静に。今度こそ完治して貰いますから」
「痛みはもう殆ど無いんですが」
「――蒼川殿。」


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あきゅろす。
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