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「華を織る」
01 ◆4◆
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 その日、彼の仕事は多忙を極めていた。
 昨日なぞは、あまりに暇過ぎて欠伸を噛み殺すのに苦労した程だったのに、一晩明ければこの混雑振りである。
 毎日均等に来てくれれば良いものを、と愚痴の一つでも言いたいところだが、そんな余裕さえ無く次から次へと人の波が押し寄せる。
 とは言え何らかの行事や天候や偶然が重なり、しばしばこういった混雑が起こるのは、彼ら国境警備兵にとっては既に日常の一部分である。
 なあに、今日が終われば明日はまたのんびりと過ごす事が出来るだろうさ‥‥目を見張る様な熱心さは無く、しかし怠惰と言う訳でもなく、給料に見合った程度のやる気で仕事をこなしている彼は、そんな事を考えながら目の前に差し出される数々の通行証を手早く捌いていた。


「こんにちは、お勤めご苦労様です」
 もう少しで昼の交代という時刻に差し掛かり、腹の空き具合が気になりだした頃、彼の前に歩み寄ったのは顔見知りの旅商人だった。通行証を丁寧に掲げながら、にこやかに一礼する。
「やあ、あんたか」
「矢崎商隊、西風国への入国許可願います」
「ああ、通って良‥‥」
 頷きながら許可の判を押し掛けた彼だったが、ふとその手が止まる。御者台に乗る矢崎の部下達の中に見覚えの無い顔があったのだ。


「ちょっと待て、あいつは?いつもの奴とは違うようだが」
 彼の指差す先を振り返った矢崎は、ばつが悪そうな表情を浮かべて頷く。
「ええ。東雲でちょっと問題が起きましてね、置いてきたんですよ。代わりに臨時雇いを連れて来まして」
「この国境は、許可証に書いてある人間しか通す事は出来ないぞ」
「そこを何とかなりませんか?人手が足りないんですよ」
「駄目だ。規則だからな」
 その男は東雲へ戻してくれ。そう言う彼の言葉に、矢崎は心底困った様な顔になる。
「お願いします、どうか、」
「――それに、だ」


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