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「華を織る」
03



 不意に遠い記憶が蘇り、矢崎は思わず小さく声を上げる。
「そう言えば、うちの爺さんが『図書館へ預け物をしてある』って言ってたな」
 『親父には内緒だぞ』ってこっそり耳打ちされたなあ、小さい時。今は亡き祖父の姿を懐かしく思い出しながら、何かの絵だった筈なんだがと首を傾げた。
「何の絵って言ってたかな、爺さん」
 結局その絵はどうしたのだろう。受け取りに行ったのだろうか。いやでも遺品の中には絵なんてなかったし、親父も特に何も言っていなかったし。


「――じゃあ、」
 目の前に聳える建物を、矢崎は改めてしげしげと見上げる。
「まだ、此処にあるって事か」
 この建物の何処かに、又はこの建物の誰かに、祖父の絵は託されたままになっているのかもしれない。となれば祖父亡き今、やはり血縁である自分が受け取りに行くのが筋なんじゃないのか。
「ちょっと覗いてみるかな?」
 とは言え何十年も前の話だ、今図書館に勤めている司書のうち、当時を知る者が一体何人残っているのか。むしろ誰からも忘れ去られ、何かの拍子に遺棄されている可能性の方が高い。


 それでもまあ、念の為に聞いてみるだけ聞いてみるか、まだまだ剣士は見付かりそうにないし――そう思いながら、矢崎が図書館内へと足を向けようとした時だった。
「お?」
 通りの向こう側から見覚えのある人物が歩いてくるのを視界の端に捉え、慌てて振り向く。あれにおわすは八重‥‥いやいや、宮古殿じゃないか。きりりと背筋を伸ばし、書類を片手に颯爽と歩いている。
 左右を見渡すと、幸い人通りは疎らだ。俺は運が良い――心の内でひっそりと笑いながら、それでも周囲から目立たない様にさり気無さを装いながら近づいた。お気楽な旅商人も、こう見えて色々な特技を持っているのである。



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