「華を織る」
04
遠眼鏡を片手に身を乗り出すようにして水平線を眺めていた船員は、弾かれた様に大きく手を振った。
「南波です!南波の警備船の旗が揚がっています!」
「よし、小船を出すぞ」
「千洋殿ですか」
「ああ、多分な」
副官の問いかけに蒼川は頷く。南波国の警備船団を束ねているのは、蒼川の父方の叔父・千洋であるのだ。
‥‥やがて目を凝らす船上の面々にも、水平線上に船団の姿が朧げに確認出来る様になり、あちらこちらから歓声が上がった。
今年もまた共同戦線を張ることになった南波と東雲の船団は、洋上で無事に合流を果たす事が出来そうである。
「ちょっと行ってくる、後はよろしくな」
「分かりました」
大柄な副官の肩を一つ叩くと、蒼川は用意してあった小船へとひらりと身軽に飛び乗った。
後に続く様に幾人かの船員も小船へと渡ると、南波の船団へと向かい巧みな櫂捌きでするすると進んで行く。
「しかし、海の上ってのは本当には気持ちが良いもんだな」
「ああ、やっと俺達の季節が来たって感じだ」
「腕がなるぜ、海賊どもめ、待ってやがれ」
久し振りの航海が余程嬉しいらしい、船員達のはしゃぐ姿に蒼川も自然と頬が緩む。
そう、この心地好さは一度味わうと止められない。海との波長が合ってしまったら最後、一生その誘惑から逃れる事は出来ないのだ‥‥
――ああ、そうだ。
徐々に大きくなっていく南波の船団を眺めながら、ふと蒼川は今更ながらに気付いた。
反対に徐々に小さくなっていく自国の船団を振り返り、そっと目を細める。
――彼はもう、こうやって海へ出る事は無いかもしれないのか。
惹かれる様に縁から海を覗き込んでいたあの少年は、本来ならばこんな場所にはいてはならない人間なのだ。
現天帝の次男――第二継承権を持つ者が自由気儘に動ける機会は、この航海が最後となるだろう。
候補生にとって今回の航海はいわば「お試し」だ。いざとなれば後方の安全な場所へと退避させる用意は出来ている。
いくら肝の据わった天帝と言えども、正式な「東の剣」としての本格的な実戦配置には流石に承諾しないだろう。
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