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「華を織る」
02


「‥‥初めての旅だ、と聞いていたが、馬の扱いには馴れているようだな」
 部下達の揶揄に辟易したのか、自身の隊を離れた矢崎が感心した面持ちで姉妹の手元を覗き込んだ。
「はい、私も姉も幼い頃から乗馬を習っていましたから」
「それは頼もしい」
 にやりと矢崎は悪戯っぽく笑う。「――確かに野盗も厄介だが、峠越えで一番怖いのは、馬が暴走する事だからな」


 荷馬車が一台通るだけでもやっとの幅の崖道が曲がりくねりながら延々と続く峠である、それこそ馬が暴れ出しでもしたら荷物どころか命さえ危うい。
 取り敢えずは無難に峠を抜けるだけの技量を持ち合わせているらしい二人に、矢崎は内心ほっと安堵の息を吐いた。
 野盗に遭遇する運不運は別として、不安材料は出来る限り少ない方が良い。


「しっかし、この峠の野盗はほとほと困り者だな」
 寒空に白い息を吐きながら、矢崎は目の前に列なる西風との国境の山を見上げた。「――厄介なのが住み着いたものだ」
 その軽口ながらも嘆息混じりの声に、三重も同じ様に視線を山に向けながらも不思議そうに小さく首を傾げる。
「あの、矢崎様。他にも野盗の出る場所はありますよね。何故この峠だけ怖れられているのですか?」


 如何に四国一豊かで平和な東雲とは言え、総ての国民が善男善女で構成されている訳では無い。
 地方都市では強盗や人拐いが稀にとは言え確実に発生し、治安の良さで名高い都城城下でも重犯罪が皆無になる事は無かった。
 事実、十年程前にも凶悪な強盗団が夜な夜な犯罪を繰返す事件が起き、城下の住民は一時期戦々恐々と眠れぬ夜を過ごしたものである。


 無論、峠や山道に於いても例外では無く、何等かの理由で共同体を離れた人々が密かに徒党を組み、通行人から金品を巻き上げると言う事件は古今変わらずに発生しているのであった。
「確かに他の峠でも野盗が出る場所はある。しかしな、彼等は彼等なりの筋ってもんがあるのさ」
「筋?」
「ああ、事前に金子をはずんだ者は決して襲わない。それに縄張り内にでしゃばって来た流れ者の詐欺や追い剥ぎなんかは、見つけ次第に叩きのめして追い出してしまうから、他の奴等に襲われる心配もない。『通行料』さえ払えば、街道よりかえって安全なぐらいだ」


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あきゅろす。
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