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「華を織る」
3



「――こんばんは」




 ふいに背後から響いた場違いな程に若々しい声に、商人達は訝しげに振り返り‥‥そして一斉に、ぎょっとした様に凝り固まった。
「あの、旅商人の集うお店は、こちらでしょうか」
「え‥‥ええ、うちですよ、お嬢さん。お食事で?」
「はい。二人ですが、席空いていますか?」
「ええ勿論。ささ、外は寒いでしょう、こちらの席へどうぞ」
 そこは商売柄、逸早く我に返った店主が、無人の――とは言え客の大部分は大卓に集合していた為、ほとんどの席は空いていたのだが――席を手で指し示す。


「姉さん、空いてるって」
 振り返り連れを促す声が聞こえた後、やがて二人組の客が店内へと姿を現した。
 それまでは屋外の暗がりにいた為に辛うじて女物の衣服が見えていたばかりだったが、店内の灯りに照らされたその姿は、今やはっきりと商人達の目にも写し出されていた。


 前を行く妹は大きな瞳を明るく輝かせながら、大卓を囲む商人達へと向かい、こんばんは!と大輪の花が綻ぶ様に鮮やかな笑みを浮かべる。
 一方、姉の方は無言のまま静かに会釈をしただけだったが、その端正な横顔は俯き加減ながらも充分に目を惹いた。
「‥‥おい、」
「‥‥ああ、」
 言葉にもならない短い相槌を打ち合いながらも、門番の審美眼が些かも衰えていない事を改めて確認した商人達である。
 方向性は正反対ながらも、美しい姉妹である事には間違いない。


「さて、何をお作りしましょう」
 普段は同性ばかりを相手にしている為にやや乱雑な店主の口調も、麗しい姉妹を前に無意識のうちに改まっている。
「ご亭主のお勧めは?」
「そうですねえ、この時期でしたら茸と山鳥の串焼きや、川魚の甘辛揚げ、あと寒野菜の味噌蒸しなんかも良いですよ」
「じゃあ、川魚と寒野菜を。あと、果実酒のお湯割りと温かい翠茶もお願いします」
「はいよ」




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あきゅろす。
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