一緒が、イイ
※四角い箱から前提猫キョン
「一泊だけですから、良い子にして待っていて下さいね」
そう言って俺の頭を撫でるとぱたん、と玄関の扉が閉まる。
今日から明日まで古泉は仕事の研修で家にはいない。
俺のために冷蔵庫の中にはいろんな食材を買いだめしておいてくれたし、もしもの時の電話のかけかたも教えてくれた。
(電話したってほとんど喋れはしないのに)
猫の俺だって、料理は少しぐらいできるから食事に困ることはない。
しかし、今から夕飯の準備だなんて早すぎる。
俺は手持ち無沙汰で辺りをウロウロと歩き回ってみるが、特にすることもなくてテレビをつけてソファに寝転がった。
(古泉がいないだけでこんなに物足りないだなんて)
俺はクッションを抱き締めてため息をつく。
がらんと広い室内でひとりぼっちだなんて、あの狭い箱の中にいたときより寂しい。
いつの間にか寝ていたらしい俺は外が真っ暗になってから目が覚めた。
明かりが灯っていなかった室内は暗くなってはいるが、俺の目ではよく見える。
時計を見ると八時半だ。
ゆっくりと起きあがると電気をつけて冷蔵庫を開ける。
なんだか食べる気にはなれなくて、俺は牛乳を取り出すとそれをコップに注いで少しだけ飲んだ。
いつもは向かい側に座って微笑んでいる古泉がいない。
俺は何もない空間をただ見つめてコップを握りしめた。
(だめだ、もう早く寝てしまおう)
意識を飛ばしてしまえば何も感じないはず。
寂しい思いも、悲しい思いも。
俺はコップを片づけるとそのまま寝室に向かった。
ふわりと柔らかいベッドに俺は倒れ込むと、その真ん中で丸まった。
目を閉じて睡魔がやってくるのを待つ。
前古泉が頭の中で羊を数えたら早く寝れるんですよ、と言っていたのを思い出して何となく数えてみた。
しかし、五十ほど数えた辺りで飽きてしまった俺はすっかり寝付けなくなってしまう。
ごろごろとベッドの上を転がるが、いつもの温もりはない。
いつもなら彼がいて、抱き締めてくれるのに。
寂しい
寂しい
このベッドは俺一人が寝るには広すぎだ。
寂しくて、不安でたまらなくて俺は身を起こすと枕を抱き締めて三角座りになる。
早く古泉に会いたい、触れたい、抱き締めたい。
声が、聞きたい。
「あ…」
そういえば、と俺は電話の存在を思いだした。
しかし、古泉は「もしも何かあったら」と俺に電話のかけかたを教えてくれたのであって、決して俺の寂しさを紛らわすために教えてくれたのではない。
部屋に置いてあった子機を握りしめて、俺は頭を悩ませる。
もしかしたらもう古泉は寝ていて迷惑かもしれない、とか。
緊急事態かと勘違いして心配をかけるかもしれない、とか。
それでも。
それでもこの寂しい気持ちが先走って、俺はボタンを一つ一つ押した。
すべて押し終わると、電話の向こうからコール音が聞こえてくる。
ドキドキと胸が高鳴って、古泉の声が聞こえるのを期待した。
『もしもし』
「に、ぁ…!」
思わず変な声が出た。
大好きな声が鼓膜を震わせて、ドキドキが止まらない。
『どうかしましたか?』
「う、ぁ」
ふるふる、と首を振る。
電話口で首を振ったって分かりっこないにも関わらず、古泉は気配で察したのか微かに笑った。
『寂しくなったんですか?』
「う、ん…!寂し…!」
古泉にそう言われて俺は素直にそう答えた。
いつもだったら恥ずかしくて無視したり、天の邪鬼なことを言ったりするけれど。
今はなぜか素直になれた。
『寂しくて眠れないんですね、すみません一人にさせて』
古泉が申し訳なさそうにそう呟く。
それを聞いて俺は古泉は悪くないのに、と眉を下げた。
仕事なんだから、仕方がない。
俺が我慢できたらすむ話なのだから。
『あなた、今自分が我慢すればいいのにって思ったでしょう?』
「あ、ぅ…なんで」
『猫は一人だと寂しいんです、だから我慢しなくていいんです』
なんだそれ、と俺は思わず笑ってしまった。
古泉も向こうで笑っている。
『大丈夫です、キョン君が寝付くまで電話切りませんから』
「ほんと?」
『えぇ、今の僕にはそれくらいしかしてあげられませんけども…』
俺は嬉しくて、暖かい気持ちになっていくのを感じていた。
さっきまでの寂しい気持ちや、悲しい気持ちは今では古泉がきれいさっぱり拭ってくれて最早ない。
俺は受話器を握りしめてベッドに横たわった。
広くて冷たいベッドが、どんどんと暖かくなっていくのを感じながら。
end
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