切ない痺れ4


家に帰ってからはよく覚えていない。
ただいまも言わず、自分の部屋に駆け込んでベッドに倒れ込んだっきり、ぷつりと記憶は途切れている。

妹の呼ぶ声にやっと重たい瞼を開けることができた。
時計を見ると、すでに十時を回っている。
パジャマ姿の妹はぷくっと頬を膨らませるとどれだけ自分が頑張って俺を起こそうとしたのかという、武勇伝を聞かせてくれた。

「御飯だって言っても起きないんだから!」
「…あぁ、すまん」
「これで起きなかったら寝ようと思ってたんだよ?」

妹の話をどこか上の空で聞きながら俺はとりあえず謝る。
妹は満足したのか、お風呂には入れと言い残して部屋を出ていった。
急に静かになった自室で時計を見ながらぼーっとする、飯を食う気にはならんな。
それならと俺は重い体を起こして風呂に向かった。



脱衣場で俺は自らの下着を見てため息をついた。
血と精液が混じってカピカピになったそれが妙に生々しい。
すぐに手洗いして洗濯機に突っ込んだ。

「最悪だ…」

と、呟きながら俺は体を流そうと風呂場に入りシャワーを掴んだ、途端。


どろ、り


太股を伝う、嫌な感触。
震える手でそれを拭う、そのピンク色の液体を。


体中の力が抜けた、ペタン、とそこに座り込む。

今日、自分がしでかした出来事がゆっくりと思い出される。
それから、あの、蔑んだような古泉の瞳を思い出した。




きっと、嫌われた







彼の暖かさを持っていたはずの冷えきった液体を見つめながら、俺はただ、ただ涙をこぼした。













それから一睡もできずに朝を迎えた俺は、両目の下に二匹の熊を従えて嫌々ながら登校していた。
古泉には会いたくないし、ハルヒには何を言われるか分かったもんじゃない。
クラスのみんなだって突然姿を消したクラスメートを不審がるだろう。
そんなことを思いながら俺はゆっくりとした足取りで五組の教室に踏み入れた。
皆の視線が一斉に降り注ぐ、さぁなんと言い訳しようか。

「おーいキョン、大丈夫なのか?」
「は?」

自分の席から手を振りながらそう言った谷口に一瞬きょとんとしてしまう。
どういうことかと谷口に話を聞いてみると、意外な事実が判明した。

「おまえ、気持ち悪くて吐いたんだろう?古泉がわざわざ言いに来たぜ」
「そ、うか…」

俺は俯くことしかできない、あんなに酷いことをしたのは俺の方なのに。
ほっとけば良かったじゃないか。
あれか、成績が悪い俺がさらに無断早退したら可哀想な成績になるという配慮か。
それとも、ハルヒ対策か。

…恐らく後者だな、もしハルヒがいなければ古泉にとって俺はどーでもいい人間だし。
そう思うと、また悲しくなって俺は自分の机に突っ伏せる。
しかし、嵐のようにやってきたハルヒに後ろからど突かれ、俺は感傷にさえ浸らせてもらえなかった。

「ちょっとキョン!団員たるもの体調不良とはどーいうつもり!?」
「五月蠅い、俺だって気持ち悪くなることくらいある!」
「…古泉君から聞いたわよ、アンタトイレでぶっ倒れてたそうね」

なんだその歪んだ情報は。
俺はだな、古泉を逆レイプしたんだよ…だなんて言えるかバカ。
ハルヒの話を聞いてみると、どうやら俺はトイレで倒れていてそれを古泉が発見。
保健室で休むことを勧めたが、家に帰ると俺が言ったので帰らせ、その後実験室に報告に来たとのことだった。

それを聞いて俺はため息をつく、とても複雑な気持ち。
ハルヒの機嫌を損ねないためと分かっているのに、俺のことで古泉が動いてくれていたと知って少しだけ心が温かくなった。










ぼんやりとしているうちにあっと言う間に放課後になった。
俺は部室に行けるはずもなく、だからといって学校から早々と立ち去るのも気が引けて一人で屋上に上がる。
フェンスから下を見ると、今日初めて古泉の姿を見かけた。
掃除道具を持って両サイドを女の子に挟まれて、困ったように笑っている。
本当にモテる男は辛いな、いろんな意味で。
一瞬古泉がこちらをちらっと見たような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
俺は壁に背を預けて三角座りになった。
頭はしっかりと膝の間にしまいこんで丸くなる。


こうしていればあっと言う間に下校時刻が来てくれると思っていた。






続く



あきゅろす。
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