赤の下2




 

お気に入りのブーツで森に飛び出したジャンは、左手に籠を持って道を軽快な足取りで歩く。お気に入りのバブルガムを噛みながら歩く姿には、まったく警戒心がない。
 しかし、それはそう見えるだけであって、ジャンの神経は三百六十度張り巡らされていた。前述したとおり、最近森の中は治安が悪いからだ。
 そんな森の中を女の子と間違われるような恰好でうろつくのは自分から狙ってくれと言わんばかりである。しかし、それはジャンにとっては好都合なことであり、むしろ願ったり叶ったりのことだ。
(あー、今日は平和ねぇ……)
 ぷく、っと風船を膨らませたジャンは、空を見上げる。緑の葉っぱから覗く日差しが綺麗だ。
 どこかで鳥も鳴いていて、あー、もう平和ねぇ!とジャンが呟いたのと、ジャンの手から何かが空気を切り裂いて飛んで行ったのはほぼ同時。
「ぐあぁ――……っ!」
 ジャンの背後から低いうめき声と共に、重い何かがどさりと倒れる音が響く。先ほどまでの呑気さは影をひそめ、振り向いたジャンの瞳は冷たかった。
「ウチのナワバリでこそこそ動き回られちゃぁ困るんだよなぁ……」
 に、っと笑ったジャンは、ケープの裏側にそっと腕を滑り込ませる。そして、引き抜いた手には小さなナイフが……
「次は外さないわよん」
 ちら、とナイフを傾けてそう言ったジャンの顔は綺麗だったけれど、決して笑っていられない恐ろしさがあった。腰を抜かした男はひいぃ、と呻いて後ずさる。
容姿に似つかわず容赦ないジャンは、にんまり笑うと、まだここにいるつもり?と口角を釣り上げた。もちろん、ジャンは男が単に腰が抜けて動けないだけだと知っていた。しかし、こうやってワザとらしく言っているだけだ。
男の恐怖を煽っているだけ。
「俺が五、数えてる間にサッサと尻尾巻いて逃げちまいなよ?」
 そう言いながら、ジャンはゆっくりとカウントダウンを始めた。ごー、よんー、さーん……と彼が数える数字の数が減るたび男の目が見開かれる。もちろん、体は恐怖で動かない。
「……ぜーろ。残念賞〜!」
 そう言ってジャンは、勢いよくナイフを投げた。ドス、と重い音を立ててそれは男の寄りかかる気に突き刺さる。
「あーあ、情けねぇの」
ぶ、とジャンは吹き出した。男は白目を剥いて気絶してしまっていたのだ。
ケタケタ笑いながらジャンは男の真横に突き刺さったナイフを引き抜く。血はついていないから、またケープの中に仕舞い込んで。
 ジャンは気絶した男を見下ろして、唇を尖らせた。
「あーあ、つまんねぇの。もっと張り合いのある奴はいないのかねぇ」
 もっと刺激的なの、ほしいよなぁ……とジャンは肩を竦めてから踵を返す。そして、地面に落ちた籠を拾い上げて、また来た道を先に進み始めた。
 ジャンは、ただ「散歩」に出かけた訳ではなかった。ぐうたらして町に稼ぎにいかない訳でもなかった。ただ、彼には森での「仕事」があったのだ。
 それは町を侵そうとしている輩の侵入を止める、所謂防衛の仕事。元々ナイフも銃も得意ではないけれど、女だと油断した男くらいは易々と片づけられた。だから、真っ赤な派手な出で立ちで森をうろうろしていたのである。
 彼の防衛のパートナーは、本日「見舞い」に行くジュリオだ。ただ、見舞いというのはその言葉の意味とは違い、ただ、様子を見に行くだけのこと。
 森の治安が悪化した影響で、拠点を二か所に分けることにしたため、現在ジュリオは数人の部下と一緒にほかの小屋で暮らしている。ジュリオは元々ジャンのことを異常なまでに慕っていたから、この件で相当へこんでいた。
 仕事の都合で離ればなれになってしまってかわいそうなジュリオに、皆が餞別を惜しまなかったのはそういう訳なのである。
「さーて、今日はどっちの道から行こうかな」
 ジャンはうーん、と首を傾げた。ジュリオのアジトへ行くには二通りあり、花畑を通る道と、小川を通る道がある。それぞれを交互に見比べたジャンは、少し悩んだ末に、花畑への道を歩き出した。
自分からのプレゼントを用意していなかったことに気付いたジャンは、せめてもとジュリオに花をプレゼントしようと思ったのだ。





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