赤の下






これは少し昔、とある森での話である。
その森には昔からCR:5という小屋があった。というのは、ただ小屋の外壁に悪戯描きのようにそう記されていたからそう呼ばれていただけであって、そこには三人の若者が住んでいた。
 一人はルキーノ・グレゴレッティ。この小屋に住む、一番の年長者だ。
彼は森の外に大きな商売を抱えていて、よく森と町の出入りを繰り返している。
二人目はイヴァン・フィオーレ。この小屋で一番年下だが、彼も大きな商売を抱えているらしく、話によると街の流通関係と、売春関係は彼が取り仕切っているとのこと。
そして、その二人に挟まれた男……彼の名はジャンカルロ。ジャンはこの二人とは対称的で、町には出ずにのんびりとこの森で暮らしていた。
出稼ぎに出ている二人のために家事をこなし、暇があれば森の中に散歩に出かける……
しかし、彼は森に出かけるときには決まって赤い頭巾を被り、男であるにも関わらずドレスを身にまとっていた。長身で、スレンダーな彼がそのような恰好をすると、大柄ではあるが、遠くから見ると美しい女性にしか見えない。
わざとらしく赤い頭巾から金髪を覗かせて森の中を歩く。決して治安がいいとは言えないこの森の中には、旅人を狙う山賊や、町から追放されたギャングの残党がたんまりいるのにも関わらず、だ。
しかし、彼がこんな恰好をして歩くことには理由があった。ひらり、と舞ったスカートのレースの奥に、真っ赤なケープに隠れた腰に、その全てが隠されているのである。



とある日、ルキーノはワインセラーの中から高級な酒を取り出しながら言った。
「おい、ジャン。たまにはジュリオの見舞いに行ってやれ」
「ん、ああ……そうだなぁ……」
 ルキーノとイヴァンの弁当を包みながら、ジャンはそういえば、と目をぱちくりさせた。ジュリオは少し前までこの小屋で暮らしていた仲間である。しかし、今はここより少し離れた場所に暮らしているのだ。
 表向きは体が弱いから、もう少し空気のきれいな森の奥へ移り住む、ということだった。……あくまで、表向きは、だ。
 ジャンはたまには行ってやらないとかわいそうだな、と独り言を漏らしながら籠を取る。何か適当な土産を持っていってやった方が、ジュリオが喜ぶと知っているからだ。
 何がいいかと視線を巡らせていると、いきなり籠が重くなる。はっとして籠を見ると、先ほどルキーノが取り出していたワイン……葡萄酒だ。
「これ、いいのけ?」
「ああ、構わん」
 あっさりと高級なそれを土産に持たせると、ルキーノは弁当を持って立ち上がる。
「俺はそろそろ行くぜ、朝は早いからな」
「知ってますわヨ……で、イヴァンちゃんも一緒に行くのか?」
「ん、あぁ……今日は出かける方向一緒だからよ、俺の車に乗っけていってやろうかと」
 助手席には絶対座らせないけどな、とルキーノを睨み付けたイヴァンは、ごそごそと何かを取り出してジャンに投げた。
 慌ててそれを受け取ったジャンは、手の中のものにそっと視線を落とす。
「それ、ジュリオに渡しとけ、あいつのお気に入りだ」
 ワオ、とジャンは口笛を吹いた。元々イヴァンとジュリオは決して仲が良くない。なのに、そんな彼からジュリオに餞別があるとは思ってもみなかったのだ。
 手の中にはジュリオお気に入りのパンが三つ。きっと喜ぶだろう。
 さっそく籠の中に「お見舞い品」を詰め込んだジャンは、イヴァンとルキーノを乗せたメルセデスを見送ってから着替えを始めた。
 もちろん、ひっぱり出してきたのは真っ赤な頭巾とワンピース。下からふわふわなレースが覗いていて、可憐な乙女が身に着けるそれと相違ない。
 しかし、ジャンはそれを躊躇うことなく頭からすっぽりと被って、さらに真っ白いタイツを穿いた。茶色のブーツをクローゼットから取り出して、さらに引き出しからベルトを取り出す。
 ベルトの種類は三種類あり、一つは胴体に巻くもので間違いないのだが、あと二本は明らかに短い。ジャンは初めに胴体にベルトを巻きつけると、今度はスカートを捲り上げ、太ももにそれを巻き始めた。
 左右、順にベルトを巻きつけたジャンは満足げにほほ笑むと、ベッドの下から重厚なスーツケースを取り出す。かちゃかちゃと音を立てながら金具を外し、蓋を開けるとそこには「見舞い」には似つかわしくない、物騒なモノが入っていた。
 サバイバルナイフをはじめ、刃物がきっしりと詰まっている。更には拳銃までそこには入っていた。ジャンはどれにしようなぁ、と呑気に品定めをする。
「今日はこれにしようっと」
 鼻歌を歌いながら選んだそれはイヴァンから譲り受けたコルトの四五口径と、ジュリオからプレゼントされたナイフだった。両方ともジャンのお気に入りだ。
 それぞれをスカートに隠れたベルトに装着すると、さらに別の箱から真っ黒い卵を取り出す……手榴弾だ。それを腰のベルトに三個引っ付けて、ジャンはすっくと立ち上がる。
「さーて、行きますか!」
 にんまりと笑ったジャンの目は、こんな可憐な恰好をした人間にはまったくもって不釣り合いな、不気味な笑顔だった。











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