ローテローゼ


頭がぼーっとする、体は熱いし甘いむせかえるようなこの香り。
なんだ、気持ち悪い!
重たい瞼を上げるのも面倒くさいがこの状況を確認しておかねばと言う、半ば本能で俺は目を開けた。
あーうん、見るんじゃなかったよちょっとリセットしてもらえませんか。

「なんだコレ…」

目に入ったのはまぶしいほどの赤、赤、赤。
この匂いの正体は俺の体を埋め尽くすほどの真っ赤なバラだったのだ。
いや、べつに埋まるほどの量のバラではなく、なんか浮かんで…浮かんで?
ふと、体の熱さも気になって面倒くさくは有るが本能以下略で俺は辺りを見回した。
目に入ったのはシャワー、次にシャンプーに石鹸、で、今まさに俺が座っているのはバスタブ。

「風呂…?」

意味が分からない、なぜ俺は真っ赤なバラで敷き詰められた湯船につかっているんだ。
しかも、制服は着たままだしご丁寧に両手両足が縛られている。
これは今言いながら気づいた事実だ、ノンフィクションだ。
なぜこんな意味不明なことになっているのかと俺はとりあえず考えてみることにした。


確か、俺は部室にいたはずだった。
扉を開けたそこには、いつものように部室の隅で本を読んでいる長門がいた。
それはいつものことだったが、一つおかしなことがあったのだ。
それは古泉がお茶を淹れていたこと。
いつものあいつなら絶対しないね、あの時点で俺は何か怪しいと気付けば良かったのだクソッ!
しかし、非常に残念なことに「あー古泉も茶が飲みたくなったのだな」という風に俺は特別なにも考えずに流してしまったのである。
茶を淹れる古泉を横目で見ながら俺は自分の定位置に腰を下ろし、鞄を置いた。

「お茶でも如何です?」

不意に声をかけられ見上げると古泉が湯呑みを俺に差しだし、ほほえんだ。
バカな俺はこれまたなにも怪しむことなくそれを受け取り、口にしたのである。
もちろんのことだが、それを口にした途端だんだんと眠くなり、そこからは覚えていない。
きっとこんなことにしたのは奴だ、古泉一樹に間違いないだろう!
と、名探偵も驚きのぬかりない推理を頭の中で展開させ…ている場合ではない。

「と、とにかく脱出せねば」
「その必要はありませんよ」

突然声が聞こえて、俺ははじかれたように顔を上げた。
そこには先ほどまで、そして現在も進行中で俺に疑われている人物が立っていた。
あ、訂正だ、疑われているではなく、ここにいる時点でこいつだ、犯人は!

「お前かこんなことをする変態は!今すぐこの紐を解きやがれ」
「嫌ですよ、あなた、逃げるでしょう?」

こいつは何当たり前なことを言ってるんだ、逃げるに決まっているだろう。
当然だ、当然!!
誰だってこんなことになっていたら逃げるに決まっている。
俺は思いっきり頭上の古泉を睨み上げ、不機嫌に舌打ちをした。
とにかく何でこんなことをしたんだ、こんな気持ち悪いことを。

「あなたに話があったからですよ」

聞くととぼけた返事が返ってきた、全く持って話にならん!
話ならあのとき部室でするばいいだろう、たとえ長門に聞かれたくない内容だったとしても屋上に行くとか場所を変えるとか方法があったはずだ。
なのにこんなバラ風呂に縛って放り込むとは大した度胸だな。

「だいたい、これはどういう状況なんだ!」
「僕のあなたへの気持ちをすべて集めて形にしたらこうなりました」

にこっと爽やかな笑顔が降ってきた。
俺には眩しすぎて目を細め、古泉を見上げる。
いつものこのニコニコは何なんだろうか、本当はこれは特殊メイクかなんかの仮面で、どっか引っ張ったら剥がれるのではなんて考えてしまう。
しばらくの間はそのままで固まってはいたが、じっ、と古泉と見つめあっているのも気持ち悪いので視線を外した。
とりあえずこの真っ赤なバラ風呂の意味を聞いてみよう、うん。

「何なんだ、このバラ風呂は」
「赤いバラの花言葉をご存じですか?」

そりゃいくら頭の悪い俺だって、雑学程度は知っているもんだ。

情熱的な愛

口に出して言うのも恥ずかしいような花言葉だな、マジで。
というか、待て。
古泉は自分の気持ちを詰め込んだとか何とか言っていた気がする。
それは非常に、非常にやばいのではないのだろうか。

「待て、お前…どういう…?」
「その通りですよ、僕はあなたのことを愛しています、情熱的にね」

待て、これは嘘だ聞き間違いだ空耳だ何を言っているんだこのニコニコ面は!
俺はもう、なんて反応したらいいのか分からない。
とにかく唖然とした顔で目の前の男の顔から瞳を外すことが出来ないでいる。
フロイト先生、俺はどーしたらいいんですか。

「ちなみにバラ風呂にしたのは僕のこの狂おしいばかりの愛に包まれて欲しい、もっと行けば僕の愛に溺れてしまえばいいと思いまして」
「気持ち悪い」
「縛ったのは僕の愛から逃がすつもりは有りませんという意味でしてね」
「気持ち悪い」

二回言ってやった、それでもこいつの笑顔は全く崩れない。
なんなんだ、コイツ傷つくとかそんなのないのか。

「照れて、可愛いですねあなたって人は」

…バカだ、本当にバカだこいつは。
あれは俺の照れだと思ったのか、何なんだ俺はツンデレか気色悪い!




あきゅろす。
無料HPエムペ!