天国から、愛する貴方へ8
そこにはお元気ですかという挨拶文と、あなたを守れてよかった、というような内容が書かれていた。それ以上は何も、ない。
 しかし、俺は最後に記されているサインに目を奪われていた。
 ジュリオ・ディ・ボンドーネ。確かに、そう書かれていた。
「ジュリオ、からだ……!」
「本当か、確かか!」
 ベルナルドは身を乗り出して手紙を覗き込んだ。俺もベルナルドに本文が見せるように角度を変えて見せた。
 文面を確認したベルナルドはほう、と息を吐いて、確かにジュリオからだ、と呟く。さらさらとした、綺麗な筆記体だった。
 俺とベルナルドが二人で手紙に見とれているのを見たイヴァンは、耐え切れずに声を上げた。
「おい!でもジュリオは死んだんじゃねぇのか!」
「………あ、」
 俺は目を見開く。そうだ、ジュリオは確かに、俺の目の前で事切れた。
 びくびく、と痙攣して、俺の体に圧し掛かってきて……俺の意識があるうちは温かだったけれど、あれだけ出血していた。その血の量を、ベルナルドもイヴァンも知っている。
 生きているはずがない、と誰もが思っただろう。でも、俺はこの手紙がニセモノだなんて信じたくなかった。
「なぁ、ベルナルド、イヴァン……俺、まだジュリオが死んだなんて認めてないんだ」
「……ああ」
「確かにジュリオは俺の目の前で、死んだ……んだと思う。心臓動いてないとか、瞳孔開いちまってるとか、そんなの確認してないからさ、本当のところは分からないけど、でもどさって、俺に倒れ掛かってきた……」
 それでも、だ。
「生きているって、信じたい……」
俺は胸の中にそれを大事にしまい込んだ。ぎゅっと抱きしめて、願いを込める。ジュリオがまだ、生きていますように、と。
なんだかジュリオの匂いまでするような気がして、俺は懐かしい気持ちで胸が一杯になる。久しぶりに温かい、優しい気持ちになれた気がした。
俺がしばらくそうしているのを見ていたベルナルドとイヴァンだったが、ふとイヴァンが口を開いた。
「……それってさ、どこから届いたんだ」
「それが、な……何処のポストから投函されたかまでは割り出せたんだが、それから先はさっぱりだ」
 まあ送り先が書いていないんだから、そんなもんだよな、とイヴァンは納得している様子だ。うーん、と腕を組んで他に何かないかと考えている。
「すまない、遅くなった……!」
 仕事の都合で少し遅れて登場したルキーノに事情を説明して、俺たちは久しぶりに会議を始めた。……一人、足りないけど、な。
 議長はもちろんベルナルド。今の俺には到底無理だから、代理を務めてもらった。
「議題はもちろん、ジュリオのことだ。皆の意見を聞きたい」
 ベルナルドは皆の顔をぐるっと眺めて言った。すぐにルキーノがちょっといいか、と手を上げる。
 気になることがある、と言ったルキーノは神妙な面持ちで話し始めた。
「その、だな……俺たちはボンドーネのジジイにジュリオが連れ去られた、と仮定してここまで来た」
「ああ、そうだ」
「だが、俺は今回の件で、疑問を感じるようになった」
 その発言に、皆、ぴく、と眉を跳ね上がらせた。どういう意味だ、とすぐにベルナルドが食いつく。
 ルキーノは腕を組みなおして、更に話を続けた。
「ボンドーネに捕らえられているジュリオが、しかも、あんなに怪我してるジュリオが、だ。手紙なんか書かせてもらえると思うか?」
「確かに、ルキーノの言う通りだ」
「ジュリオが投函しに行くとも考えにくい。だったらジュリオの代わりにポストに入れてくれる、協力者も必要だ」
 だったら、ジュリオはボンドーネのジジイに連れ去られたとは考えにくい。だったら、誰が何のためにジュリオをかくまっているのだろう。
 何で、ジュリオはその場にいるのだろう。まるで自らその場にいることを望んでいるような……
 そこまで考えて、俺は頭を振った。そんなことを考えてはだめだ、いけない考えにたどり着きそうである。
「それに、だ。どうやらボンドーネは他の州に逃げた可能性が高い」
 ルキーノはある書類を一枚、ぺろりと取り出した。それは、鉄道の乗客名簿だった。
 ちょうど一ヶ月ほど前のものらしいが、一等車をとあるグループが貸し切りにしていたらしい。ボンドーネの名前ではなく、それとは全く似ても似つかない名義で気付かなかったとか。
「こんなに人数引き連れて、しかも人目が避けられる一等車に乗り合わせるだなんて不審すぎる。調べておけば良かった……!」
「確かではないが、鉄道会社に聞いてみる必要があるな……任せられるか、イヴァン」
「ああ、任せろ」
 イヴァンはあっさりとベルナルドの言葉に首を縦に振って応えた。そんな皆の姿に俺は胸が熱くなる。
 俺も、何かしなくてはいけない。さっきイヴァンに言われた通り、ジュリオが待っているのは俺だから、だから捜してやらなくちゃ。
 これまで通りボンドーネを捜しながら、ジュリオの行方も他の方法で捜していこうという結果で会議はまとまった。しかし、それだけではいけない。
「俺、ジュリオに返事、書いてみるよ」
「……それは、良いと思うよ」
「でも、どうやって渡すんだ、送り先も書いてねぇだろう?」
 俺は少しだけ黙ってから、静かに口を開いた。
「ジュリオの……墓の前に、置いておいてやろうと思う」
「ああ、それは良い考えだな」
 ベルナルドはにこり、と微笑んで立ち上がると、自らの執務室から持ってきたであろう鞄から何かを取り出す。それは、レターセットだった。
「そう言い出すだろうと思って、持ってきた」
「エクセレンテ」
 ひょい、とそれを受け取った俺は何を書くか考え始める。ジュリオに届くかどうかは分からないけれど、自分の聞きたいことは全て盛り込むつもりでいた。
 早速手紙作成に入った俺を見たベルナルドは、その手紙が完成したら呼んでくれ、と言う。自分の部下に持って行かせるとか、なんとか。
 しかし、今の俺にはそんなもの必要なかった。だって、俺が持っていくからさ。
「いい、俺が持っていく」
「―――……っ!それは、ジュリオが喜ぶだろう」
 本当に喜んでいたのは、ベルナルドだった。ルキーノもその横でにんまり笑って、腕を組みなおす。
 ずっと引きこもっていた俺が外出する、だなんて言い出したんだ。そりゃあびっくりするし、嬉しいよな。
 心配させてごめん、と小さく呟いてから、これからは俺も少しずつ外に出て行くようにするよ、と宣言したのだった。




続く


あきゅろす。
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