天国から、愛する貴方へ2
「やっと起きやがったな、この馬鹿」
 腕を組んで嫌そうな顔をしているイヴァンと目が合う。この馬鹿、はこっちの台詞だ。鼓膜が破けるかと思ったぜ……とか、反論出来れば気が楽になっただろうか。
 しかし、俺がそんな気分になれるはずもなく、小さな声でうるせぇ、と言うだけで精一杯だった。そんな俺の反応に、イヴァンも小さく溜息をつく。
 俺の顔を覗き込んでいたベルナルドは、安心しきったかのように深く息を吐き出して、起きてくれてありがとう、と呟いた。
「……すまん………」
「いや、気にするな……ただ、な……」
 一度眼鏡を外したベルナルドはごしごし目元を擦る。
「少し……キた」
「すまねぇ……」
 俺は小さく呟くように謝ると、霞んだ視界の先でベルナルドの姿を捉える。確かに少し痩せてしまったような印象だ。元々痩せ型だっていうのに、これ以上痩せたら骨と皮だけになっちまう。
 少しでも元気な姿を見せなければベルナルドが心配するな、と思った俺は肘を付いて上半身を起き上がらせようとした。しかし、がくがくと体が震えてしまって上手くできない。
 慌てたイヴァンが無理するんじゃねぇ、と文句を言いながら体を支えてくれる。俺がこんなになっちまってから、コイツは少し気を遣うようになった。
「随分うなされてたじゃねぇか……汗だくだしよぉ……」
「一度風呂に入るか、ジャン」
「いんや……もう少し、寝とく……」
 体を起こすのもしんどい位だから、立ち上がったら絶対に立ちくらみを起こす。やめておくよ、と手を振った俺に、後ろのソファに深く腰掛けていたルキーノが腰を上げた。
 その手には搾られた濡れタオルが握られていて。ああ、なんとなく何をするつもりか分かっちゃった。
「パジャマを脱げ、ジャン。体を拭けば少しはすっきりするだろう」
「……気分じゃねぇ」
「いいから―――!」
 渋る俺のパジャマを脱がせたルキーノはごしごしと俺の背中を拭った。痛いほどに拭った。
 なぁ、そこに血、ついてねぇ?と聞きそうになった。先ほどの夢と、現実がごちゃまぜになる。凄く、リアルな夢だったから。
 黙ってされるがままの俺の体を一通り拭き終わったルキーノは、はぁ、と溜息をつきながら俺の背中をぺた、と触った。
「おい、ジャン……少しは、食えよ」
「ああ」
 空返事をして、俺はもそもそとパジャマを着込んだ。だってさ、寒かったから。
 俺が最後に外に出た時は暑かったように感じるのに、今じゃあ体の芯まで凍えそうなほど、寒い季節になっていた。それほど、俺はデイバンホテルのベッドと仲良しになっている。
とりあえず背中をベッドヘッドに預け、ぼんやりとしていると、ベルナルドは歯切れが悪そうにすまない、と言った。
「俺の責任だ、としか言えない……どのような状況でさえ、必ず見つけだしてみせる」
「俺の部下も回して捜させてる……だからな、その……ジャン……」
 視線を下に向けたイヴァンに、俺は少しだけ微笑んで、ありがとな、と言った。こいつなりに気を遣ってくれているのが嬉しくもあり、申し訳なくもあった。
 ただ、俺は前みたいに笑えないし、冗談も言えない。少し笑みを作ってみても、すぐに口角が下がってしまっていた。
 皆に心配をかけさせたくなくて、出来るだけ気丈に振舞いたいけれど、どうしても無理だ。どす黒い感情が邪魔をして、上手く出来ない。
「なぁ……ゴルフ場は……どうなってんの」
「……今ではもう綺麗に片付いている」
「そっ、か……」
 俺は小さく溜息をついてから、俯いた。真っ白な布団に向かって、震える声でとある人物の名前を呼んだ。
「………ジュリオ……」
 しん、とその場が静まり返った。もちろん、俺に名前を呼ばれた人物が返事をするわけでも、この場所に現れるわけでもない。
 ただ、俺の声帯を震わせて出た囁きだった。
「なぁ……どこ、行っちまったんだよ……」
 俺だけ残して、お前は何処に行ったんだ……
 俺は膝の上に額を擦りつけて、数ヶ月前の出来事を思い返していた――――……



続く


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