天国から、愛する貴方へ1
 ぼんやりと、天井を見上げる。以前風邪で寝込んだ時は天井のシミを数えてみたり、熱が下がったら何をしてやろうかと考えてみたり、いろいろしたもんだ。
 しかし、今の俺はそんな気分には到底なれなかった。
 今日も真っ暗な中でひっそりと息をしながら、俺は目を閉じた。瞼の裏には出来るだけ何も映さないように意識し、眠ることに集中する。
 早く、早く真っ暗な夢の中に逃げたい。
 俺の願いはあっさりと叶い、すぐに夢の中に堕ちてきた。ふわふわとした暗闇の中、俺は何処を目指すわけでもなく歩き続ける。ずっと、ずっと……
 しばらく歩いていると、人影を発見した。どこかで見たことのある、紫色の髪の毛。
 あ、と口から声が出た。この夢に堕ちてきて、初めて発する音。その声に反応したのか、豆粒程度にしか見えないその影がこちらを振り返った。
 途端、俺は怖くなる。咄嗟に身を翻して駆け出した。怖い、怖い、怖い……!
 息が切れるまで走って、俺は足を絡まらせて転んだ。はぁはぁと荒い呼吸をしながら、俺は頭を抱える。勝手に涙がこぼれてきて、俺は叫んだ。
「あ、あ……!うわああぁあ!」
 何もない空間に俺の声が響き渡る。果てのない空間に声は霧散し、決して反響はしない。
 ふと、後ろに気配を感じた。足音はしない、いつもアイツはそうだった。
 その代わり、ぴちゃ、ぴちゃ、と濡れた音がする。その音は少しずつ俺に近づいて、ぴたりと止まった。ああ、俺の後ろに「そいつ」はいる。
 その気配は何かを戸惑っているようだ。俺が怯えているから?それとも、自分が血だらけだから?
 分からない、俺には分からないし、死んだ奴の考えていることなんて分かるはずがないんだ。
 頭を抱えて震える俺は、ぶんぶんと首を左右に振った。違う、死んだなんて嘘だ。信じられるもんか、だって、だって―――……!
(おい、ジャン!ジャン……!)
 ふと、遠くから声が聞こえた。誰の声だか、俺は分かっている。きっとベルナルドだ。
 その声は必死に俺の声を呼んでいるが、俺はそれだけではどうしてもこの世界から抜け出せない。それが分かったのか、今度は暗い世界が揺れ始めた。きっと俺の肩でも揺さぶり始めたのだろう。
 俺は漸く顔をあげ、今どうするべきかを考える。どうしよう、起きたいけれど起きたくない。後ろにいる存在を振り返りたいようで、振り返りたくない。
 足元にとろとろと流れてくる血の小川を眺め、俺は唇を噛んだ。
「おい、ジャン起きろ!そろそろ起きねぇとベルナルドの前髪が全部抜け落ちるぞ!」
 うるさい声が耳元で炸裂した。真っ暗闇にいた俺はあっさりと現実に引き戻され、ぱちっと目を開ける。


続く


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