グレイスフル ワールド サンプル
第一俺たちは恋人同士なんかじゃないし、古泉は俺に好きだなんて言ってないし、俺は古泉のことは何とも思ってないし。恋人ごっこにしては、なんだか古泉が優しすぎるし、なんだかなぁ……
 大切にされているような、そんな感覚がむず痒くて、俺は眉を寄せると古泉にばれないように溜息をついた。確かに誰にも知られたくない秘密は二つほど、共有している。だが、それは手を繋いだとか軽いキスをしたって程度で、ぜんぜん足りないのだ。周りから見たら今の俺たちは一緒に買い物にきた、ただの男子高校生である。
 ぜんぜん、つまらない。
「どうしますか、お茶でも……」
「なあ、古泉」
「……はい?」
「やっぱり、つまらない。やめよう」
 そう、往来の中で言えば、古泉は目を見開いてえ、と言った。そりゃあびっくりするだろうな、いきなりつまらないだなんて言われたら。しかも、二時間遅刻してきた奴に言われるなんて。
 大体お前は共犯者になろうって言ったって大したことはしてきていないし、やっぱりやめだ、こんなの。これもお前が着ればいいよ、と古泉の胸に買い物袋を押し付ければ、待ってください、と古泉は俺の腕を引っつかんで。
「退屈させたことは謝ります……!だから、もう少しお付き合いいただけませんか」
「お前は共犯者になろうって言ったから、俺はもっと刺激が強いのを想像していたんだ。エッチなことしたり、セックスしたりするのかって」
「―――ッ!ちょっと、こっちに来てください」
 俺がとんでも無い単語を出したからびっくりした古泉は、俺の腕を引いてトイレ前の比較的人気の無い場所に場所を変えた。されるがままに引きずられていった俺は立ち止まった古泉の背中を眺めながら、我ながら酷いことを言っているな、と思う。
 古泉の肩は僅かに震えていて、俺は古泉が怒っているんだと思っていた。あんなところで変なことを言わないで下さい、だなんて怒鳴られるかもしれない。まあ、それはそれで面白い。だって、この敬語の優等生を怒鳴らせることが出来たって、なかなか面白いことだとは思わないか?
 そんなことを考えていれば、古泉は振り返らずに小さな声であなたはそれを望んでいるんですか、と聞いてきた。別に望んでいるわけではないのだが、最初お前が言っていたこととまったく違うから不満なだけなんだと返す。
「僕は、あなたに優しくしたいだけで……」
「なんでだよ、男に優しく、女みたいに扱われることで俺が喜ぶとでも思ったか」
「――――っ、でも、少なからず楽しんでいただけるかと……!」
「つまらん、やめよう」
 こんな恋人ごっこはむず痒くて俺の性に合わないんだよ、と言えば、あなたは恋してみたいとは思いませんかと聞かれる。いきなり何なんだ。
「折角恋するなら、俺は女の子がいい」
「それは僕だって一緒です……!」
「だったらもう、それでいいじゃないか」
「でも僕は……あなたが良いんです……」
 ああもう、頼むから泣きそうな顔をするのだけはやめてくれないか。俺ははぁ、と盛大に溜息をついてから、じゃあ俺を満足させてみろよ、と言った。どんな方法でもいい、俺が退屈しないような、面白いこと、してみろよ。
 古泉は真っ赤な顔を上げると俺のことをぎろ、と睨んだ。あ、怒っただろうか。これで怒鳴り声さえ上げてくれれば面白いんだけどな。
 しかし、古泉は怒鳴ったり、俺を殴ったりなんてしなかった。いや、少なからず怒ってる様子ではあったが、そこまで怒りを露にしない。そのかわり、掴まれている腕を痛いくらいに握られて、いきなりトイレの中に引きずりこまれる。
 あ、と思ったときには広めの個室に押し込まれ鍵を掛けられた後で、俺は呆然と古泉の顔を見上げていた。何をするつもりなんだ、と問えば。
「そんなにお望みならしましょう、セックス」
「はぁ?ここ、便所だぞ!しかも、デパートの……!誰か来たらどうするんだよ!」
「そんなの知りません。誰にも知られなくない秘密、作るんでしょう?精々ばれないように頑張って下さい」
 古泉らしからぬ酷いことを言って、俺のジャンバーを脱がせるとシャツの上から胸板を撫で上げ始めた。まさかこんなところでする気にさせてしまっただなんて、死にたい……!
 するにしてもここはやめようと俺はどうにか古泉に言って聞かせようとしたのだがまったく駄目で、早々にズボンに手を掛けられる。本当に冗談じゃ済まされないんだぞ、良く考えろ!
「セックスしたいと言ったのはあなたでしょう?」
「だからって、こんなところで……!それに、俺はしたいなんて言ってない、してくるのかって思ってただけで―――っ!」
 笑ってやっちまったー!なんて言えないところまできてしまう。だって、古泉は俺のズボンを引きずり下ろして、下着の上から性器に触れてきたんだ。びっくりして俺はやめろ、と腰を捩る。しかし古泉はまるっと無視して形をなぞるように撫で上げてきて、腰が震えた。
 他人に触られたことなんて初めてで、いや、親にならあるけど、とにかく明らかに快楽を与えようと触られ、俺は情けない声を上げそうになって慌てて飲み込んむ。どうしよう、古泉は本気でこんなところでやらしいことをしようとしているんだ。
 こんなの普通じゃない。もちろん普通じゃないことを求めていたけれど、こんなの違う。
「や、め……こいずみ、あ、ひ!」
「あなたのここ……もう熱くなってきましたよ?こんな所で勃起して……」
 下着のざりざりとした感触が気持ち悪くて、俺は古泉の肩を掴むと引き返そうと必死に力を込めた。しかしこんな状況じゃ普段の力の半分もでなくて、古泉はびくともしない。
 そうこうしているうちに下着を剥ぎ取られ、俺は下半身裸に剥かれていた。直接握りこまれてひ、と息を飲み込めば、これがあなたの望んでいたことなんでしょう?と言われて。俺は滲み出る涙を気づかれぬように首を横に振って、違うと弱弱しく反論した。
 なのに古泉の手は止まってくれなくて、どんどん俺は追い詰められる。静かなトイレにくちゅくちゅと音が響き渡っていて、恥ずかしくて腰が震えた。立ちっぱなしだったから足もどうにか体を支えるだけで精一杯で、いつ膝が折れるか分からない。
「もうこんなにべとべと……」
 ほら見てください、と一度そこから手を離した古泉は俺の目の前に糸を引いている欲液を見せ付けてきて、俺はぎゅうっと目を瞑るとそれを見ないように顔を逸らす。なんで俺のあそこ、あんなに濡れてるんだ、おかしだろう!
 再び指をペニスに絡めて出し、俺は声を出さないように必死に唇を噛み締める。それでも時々鼻を抜けるような甘い吐息があふれ出してしまって、そのたび古泉に笑われたり揶揄されて、俺は泣きそうになっていた。
 古泉の手の動きが段々と早まり、俺の先端からあふれ出す先走りの量も増している。このままされたら手の中に吐き出してしまうと思って、俺はもうやめてくれと切羽詰った声で乞うた。
「も、出るから……!離せ、よぉ―――!」
「駄目です、このまま出して……」
 耳元に直接吹き込まれるように言われて、俺は息を詰める。耳に息を吹き込まれた瞬間ぞくぞくと変なものが背筋を駆け抜けていって、全身に切ない痺れを運んでいった。
 耳も感じるんですね、だなんて言われて死にたい、だなんて思ったとき、古泉の指先が先端の窪みを抉るように動かしてきて。俺が性器の中で一番弱い場所なんだ、そこは。だから少し触られただけで達してしまいそうなほどの快楽が突き抜ける。
「ひ、あ……だめ、そこ、ああ、や、ァ―――ッ」
「出ました、ね……」
 手のひらで俺の精液を受け止めた古泉は少し興奮したような声で言ったから、俺は恥ずかしくてみっともなくて、もうどうにかなってしまいそうになっていた。男の、しかもよりによって古泉の手にイかされてしまっただなんて。
 鼻がツーンとして、ぶわわ、と涙が溢れた。もう我慢できない波が押し寄せてきて、俺は涙を溢れさせてしまう。肩がふるふると揺れていることでそれに気づいた古泉は、俺の肩を掴んで顔を覗き込んで目を見開いた。
 驚いたというよりかはぎょっとしたような顔をした古泉は、すぐに顔を歪めてすみません、と情けない声を出した。泣かせるつもりは無かったんです、だなんて今更だ。
 俺は古泉の胸をどん、と強く押すと素早く下着を身に着けてトイレから飛び出した。溢れた涙をごしごしと拭いながら古泉から逃げる。
 トイレの入り口で誰かにぶつかったが謝りもせずに走り去った俺は、あふれ出す涙を止めることが出来なくて袖口で何度も涙を拭いながら電車に飛び乗っていた。
 違う、違う違う……!俺が求めていたものは、こんなものじゃない。
 晴れて普通じゃないことをしたけれど、なんか違っていて、俺は絶望したんだ。


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