あなたの手を取って5
悶々としながら彼を見上げていれば、彼はめそめそと泣きながらこんな夫だったからだめだったんだと泣き言を言った。
「せんせ、俺実はゲイなんだ、男が好きなんだ……でも年も年だし、俺なりに考えてあいつと結婚したんだ。でも、だめだったんだ、あいつが俺との間にも子どもが欲しかったって言ったのに、俺はそれに答えられなくて、それで、ずっと逃げてばっかりで……!」
「お、お父さん、落ち着いてください―――!」
「俺だって子どもは欲しいし、あいつのことそれなりに愛してたし、でもどうしても抱けなくって……!俺が、俺が悪いんです!」
その上。
「先生のこと、少し気に入っちゃって。だってかっこいいし優しいし、本当は高校の時からずっと気になってて、再会できたときは本当に嬉しかったんだ……!」
「ちょっと、待ってください!落ち着いて!」
「古泉先生のこと好きになったでしょって怒られて、それで離婚することになったんです!」
時が止まったかと、思った。まさか、まさか彼が僕を気に入ってしまって、それが原因で離婚に至っていただなんて、知りたくなかった事実。
呆然とする僕の上に未だ馬乗りになっている彼は、顔は真っ赤で朦朧としていて、泣いたせいもあってか、ぼんやりとした顔をしていた。
しかし、欲情して恍惚とした表情をしているだけだ、と言われたらそう見えなくも無い。
興奮した息遣いのまま、彼は僕の胸に手を置くとするすると胸板をなで上げてきた。
やばい、このままじゃ確実に流される。
咄嗟に彼の体を押しのけて逃げ出したのだが、そうするべきではなかったと気が付いたのはほんの五秒後位後だった。
僕に拒絶されたと思った彼はベッドの上に転がったまま、また泣き出したのである。
手がつけられない酔っ払いのようだ、と言ってもその通りなのだが、僕からしたら遊びたいおもちゃをすべて取り上げられた哀れな子どものようだ。
欲しい、でも手に入らない。だから涙が出る。
「お、俺なんてどうせ誰も必要じゃないんだ!こんな性癖、で!う、ひっく、気持ち悪いって、いわれて……!」
「あ、あの、落ち着いて」
「俺がお父さんになるだなんて無理だったんだよ!本当は、あいつだって、俺のこと気持ち悪いとか、思ってたんだ……!」
だめだ、手がつけられない。
自分でも何を言っているのから分からないほどなのだろうが、僕は彼の最後の一言に引っかかってしまう。
そんなはずがない、彼の子どもは彼のことを本当の父親のように慕っていて「ぼくのおとうさんはかっこいいんだ」だなんて言っては、僕に彼の顔を描いて見せてくれた。
本当に、自慢のお父さんだっただろうに。
「何、言っているんですか」
つい、冷たい声が飛び出る。
自分でもびっくりしたが、止められない。
怒りが勝ってしまっている。
「彼にとって、あなたは最高のお父さんでしたよ」
「でも、本当の親父じゃないんだよ!遠い将来、本当のお父さんじゃないんだって話をする時、あいつだって困るだろうから、このまま離れておいたほうが良かったかもしれないだなんて思ったりするんだからな!俺は、サイテーな父親なん、だ……!?」
自分でもびっくりするくらい頭にきた。
あの子の、彼に対する好きの気持ちを踏みにじられたような気がして、ただ彼が酔っ払っているから心にも無いことを言ってしまっているのは分かっていたのだけれども、どうしても我慢できなかった。
今度は僕が、彼を押し倒す。
あんまりなことにびっくりした彼は目をぱちくりさせて僕を見つめた。
「いい加減にしていただこうかなと思いまして」
あなたも望んでいらっしゃったみたいですし、抱いて差し上げますよと服を脱がしにかかる。
そうすれば、誘ってきたのは彼にも関わらず、いきなり嫌だと言って暴れ始めた。
爪先でシーツを蹴ってもがくと、僕の下からどうにか抜け出そうと必死になって体を捩っている。
酔っ払いが搾り出せる力なんて普段の半分以下だ。
そんなことしても無駄なのに、彼はあきらめない。
「いいですか、これは忠告です。―――君に、謝ってください」
「何、言って……」
「彼はあなたを父親として好いていましたよ、僕が言うんですから間違いありません」
子どもは正直だから、すぐに好きだか嫌いだか分かる。
なのに、彼はこれっぽっちも僕の言うことを聞き入れる気は無いようで。
「先生に、何が分かるんだ……!」
と叫んでいた。
「では、お仕置き、ですね」
いくら可愛い彼でも、いくら保護者である彼でも、元教え子の気持ちを踏みにじるなんて許さない。
彼のネクタイを解くとシャツの中に手を滑り込ませた。
続く
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