あなたの手を取って1
僕は市内の保育園で保育士として働いている。
男性の保育士は珍しいほうだと思うが、男性の幼稚園教諭よりかは数は多いだろう。
 保育士になった理由は簡単で、子どもが好きだからというのがあった。
あと強いて言うなら、子どもの成長に魅力を感じたから、ということがある。
 子どもというのは凄い。
初めこそは生活習慣等身に付いておらず、排泄だって荷物の片付けだってやり方が分からずに戸惑っているものの、時間が経つにつれてしっかり習慣を身に着けることが出来るのだ。
 友達とのやり取りだって、初めはどうやっておもちゃの貸し借りをしたらいいか分からずに、取ってしまったり手が出てしまったりといろいろあるのに、貸して、いいよのやり取りが出来るようになれば上手に遊べるようになるし、遊びの幅も広がる。
 そんな子どもたちのやり取りを見ることの出来るこの職場だから、なかなかやめられない。

(僕だって、そろそろ結婚とか考えるべきなのになぁ……)

 女が多いこの職場では出会いは多いのだが、忙しさゆえになかなか機会がない。
合コンには良く誘われるが、僕自身あまりそう言う場所は好きじゃないし、それよりかは明日の保育内容を考えているほうが楽しいのだ。
 それにここだけの話だが、僕は女よりか男のほうが好きだ。
いや、こんなこと言ったらいけないとは思うのだが、僕は同性愛者である。
だから、男ばかりの職場にいるよりこっちの方が落ち着くのだ。
 二歳児クラスの補助をしている僕は、今日は遅番だ。
早番の担任から連絡ノートを受け取って連絡事項を引き継ぐと、お昼寝をしている子どもたちを起こしにかかる。

「起きて下さい、おやつの時間ですよー」

 とんとん、と黒髪で短髪の男の子の肩を叩く。
生後五ヶ月のときからこの園に通っている彼は、すっかり生活のリズムが身についていて、むっくりと起き上がった。

「よく寝ていましたね」

 まどろんでいる彼の頭をよしよし、と撫でてやりながら僕は布団をたたむように言うと、他の子にも声をかける。
もう一人いるクラス担任がおやつの支度をしているのを確認した僕は、クラスの子どもたちを全員起こして布団をたたむのを手伝い、それからみんなで排泄に向かった。
 そのとき、慌てたように他のクラスに入っていた補助の保育士部屋に入ってきて、クラス担任と何か話を交わしている。
その内容はよく分からなかったのだが、あまりいい話ではないようだ。

「古泉先生、―――君、帰るみたいだからお支度をしてあげて」
「え?今日は早いんですね」
「それが、その……」

 妙に歯切れが悪く何かを言いかけた担任の声をさえぎるかのように、興奮した母親の声が聞こえて、僕たちははっとする。
早く支度をしてくれと急かす声だった。
 何があったのかと戸惑っているのは、先ほど僕が起こした黒髪の男の子だった。
そう、迎えに来たのは彼の母親なのだ。

「こいずみせんせ、かえるの?」
「ええ、お母さんがお迎えにこられたみたいですからね。いつもはもう少し遅い時間にお父さんがいらっしゃるのに、おかしいですね」
「うん……」

 僕のエプロンの袖をぎゅう、と握った彼は不安そうな顔をして僕を見上げてきて、胸が苦しくなる。
親の事情でお迎えが早くなるのは仕方がないとは思うが、あらかじめ連絡を頂いたほうが子どもが混乱しないからいいのだが、最近の親は連絡をくれないことが多い。
 少しでも彼の不安を取り除いてやろうと思った僕はしゃがみこんで彼を抱きしめ、背中を撫でてやりながら安心するように声をかけた。

「お母さんのお仕事が早く終わったのかも知れませんね。大丈夫ですよ、お支度して帰りましょう」
「……うん」

 まだ不安そうではあるものの、先ほどに比べれば幾分か明るい表情になった彼は支度を済ませ、慌てる母親に手を引かれながら帰っていった。

「さようなら」
「さよなら、こいずみせんせ」 

 にこり、と可愛らしく笑った彼。
まさか、それが彼との最後の別れだと僕は思っていなかった。



続く


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