砂漠の花3
はあ、とため息をついた古泉は俺のスウェットに手をかける。
あっという間に足首のところまで脱がされていたのだが、俺はもう抵抗する気力もなくなっていた。
ただ、古泉に殴られたのがショックでたまらなくて。
(殴られたって当然だ…俺は、コイツの世界を消したのだから)
だったらこうやって無理にされても仕方がないじゃないか。
それで古泉が満足なら、俺はどうなったっていい。
そう思って静かに目を閉じれば、もう抵抗はお終いですか?と僅かに残念そうな声がして、俺は薄っすらと目を開けた。
そこには眉を下げて不満げな顔をした古泉がいて、俺はふっと笑うともう好きにしろよと言った。
それを聞いた古泉の顔は切なげに歪められて、俺をまた睨んでくる。
どうした、お前の好きにさせてやるって言ってるじゃないか、喜べよ。
「ほら…お前がそれで満足なら好きにすればいい」
「満足な訳…ないでしょう!」
かっとなって叫んだ古泉は俯いて肩を震わせてしまったもんだから、俺はその背中をゆっくりと撫でてやる。
どうしたんだよ、随分情緒不安定じゃないか。
「当たり前でしょう…」
「すまん…俺にはどうにも出来なかったんだ、あのキーを押すことしか出来なかった」
「分かっているんです―――ッ!どうしようもならないって、あなたにはあなたの世界があるんだって!でも、でも…!」
「…うん、ごめん」
あんまり悲痛に泣くから、俺まで悲しくなってきて、無性にこの冷えた体を抱きしめてやりたくなって。
ぐいっと引き寄せて古泉の頭を俺の胸の中に閉じ込める。
そうすれば縋りつくようにして俺のことも抱きしめ返してきてくれた。
ああ、なんて冷たい体なんだろう…
俺の熱を分けてやれたら、いいのに。
「あなたは、優しいんですね…こんな僕のこともこうやって抱きしめてくれる…こっちの世界の僕があなたを好きになった理由が分かるような気がします」
「お前は何処の世界でも我儘で、強がりで、それでいて寂しがりやなんだな」
「―――…どうして、あなたはそれが分かっちゃうんですか」
「お前に触れれば分かるさ」
それを聞いた古泉は悲しそうに笑って、僕もこっちの世界に生まれたかったと呟いた。
本当に、小さく、小さく呟いたのだ。
「こっちの世界の僕がうらやましい…僕も、あなたを好きになりたかった…」
その言葉が俺の心を掻き毟る。
ああ、そんなに悲しそうに笑わないで。
お前のその顔に俺は弱いんだよ、見てたらこっちまで泣きそうになるんだよ。
「そんなこと、言うな…」
「困らせるだけですね、すみません…」
俺の胸にもう一度額を擦り付けると、すうっと深呼吸をする。
そうすれば先ほどまで感じていた冷たい体の感触がなくなって、俺は驚いて古泉の体に目を向ける。
そこには半透明になって消えていく古泉がいて。
こんなに悲しそうに笑う男を消すなんて、一人ぼっちにさせるなんて出来ない。
それでも、俺にはこの世界があって、この世界の古泉がいて。
引き止めたくても、引き止められない。
「――――…ッ!」
どうしたら良いのだろう。
どうしたら、ハッピーエンドになるんだ。
「古泉…!」
「泣かないで下さい…僕、もう怒ってないですから」
「そういう問題じゃなくて…!お前、これからどうなるんだよ―――ッ!」
「消えて、なくなります」
にっこりと笑ってそんな不吉なことを言うな。
お前、体も存在も消えたって今のお前の心は残るんだぞ、誰がお前のその寂しがり屋の心と一緒にいてやるんだ。
お前、一人ぼっちになるじゃないか…!
「あなたに泣いていただけただけで、僕はもう十分です」
俺の涙をそっと拭いながら、古泉は一つだけお願いがありますと言ってきた。
どんな願いだか聞くのが少し怖かったが、聞いてやりたい一心で何かと尋ねると。
「キス、させてください」
「は?え、んむ―――!」
俺のイエスの返事も待たずに唇に押し付けられる、冷たい唇。
咄嗟に目を瞑れば、口の中にまで古泉の舌は侵入してきて俺の舌を絡め取ってしまう。
その唇に俺の熱が移ったころ、そこにあったはずの体は、存在は、跡形もなく消えてしまっていた。
どんなに周囲を見渡しても古泉の姿はなくて、ここに古泉がいたという証拠も残されていない。
あいつが存在したという、形がない。
「何だよ、ふざけるな…!」
寂しがり屋のくせに。
我慢したって、誰かに構ってもらえないと結局は一人で泣いてしまうくせに。
なのに、一人で行ってしまった。
ふざけるな。
「おい、古泉!まだいるんだろう!」
何もない空間に俺は怒鳴りつけてやった。
きっと今、どうしようもなく情けない顔をしているだろう古泉に向かって。
「寂しいんだったら、心くらいは俺の傍にいればいい!」
存在しなくても、形はなくても、心だけは―――…。
Fin…
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