酷愛6



「おいっ、ロイ!起きろ!」

エドワードはロイの寝ている布団をひっくり返した。
ロイとエドワードが一緒に暮らし始めてもうじき半年になる。
あの夜からエドワードとロイはお互いの距離を縮めながら生活していた。
情けなくベッドからずり落ちたロイは寝ぼけ眼でエドワードを見上げる。

「やぁ、おはよう、今日も可愛いね」

と、にこり。

「口説くために生まれてきたんじゃねぇの、オイ」
「君専用だよ」

エドワードはかあぁっと頬を染めると枕をロイにばふっとぶつけて部屋を出ていってしまった。
ロイは枕を顔からどけながら苦笑する。
二人の間には以前のような気まずい雰囲気は今ではほとんどなくなっていてエドワードは朝はいつもこうだ。
普通に接してくれるのが嬉しくてロイは立ち上がるとリビングに向かった。






リビングの扉を開くと香ばしい香りがロイの鼻腔をくすぐった。
そこには美味しそうな朝食が用意されていて。
キッチンを見るとエプロンをつけて微笑む愛妻が。

「ほら、あったかいうちに食べよ」
「あぁ、そうだね」

そういって腰掛けようとしたその時。

「うっ、ぐっ…」

口元を押さえ、エドワードは倒れ込んでしまう。

「おいっ、エドワード、エドワード!?」

慌ててエドワードをロイは支えた。
エドワードはというと顔面蒼白になり、口元を押さえたまま。
小さくエドワードは「吐きそう」とロイに告げる。
ふらふらとするエドワードを洗面所まで連れていくや否や、エドワードは胃の中のものを吐き出した。
苦しそうなエドワードの背をさすってやることくらいしかロイにはできない。
とにかく落ち着いてからロイは医者を呼ぼうと思ったのだった。






その後、すぐにロイはいつかの医者を呼び出し、エドワードの容態を診てもらっていた。
エドワードに特に熱はなく、あるのは吐き気のみ。
おかしな事態にロイは心配で心配でたまらなくて仕事は急遽休んだほどだ。
ロイがどうしたものかと気を持んでいると医者は診察を終え、顔を上げた。
ロイが不安そうにのぞき込んだその顔はにっこりと笑っていて。
そして、告げられた内容にロイは耳を疑った。

「奥様は妊娠されています、今は二ヶ月ですね」
「なっ…」

驚いてロイはエドワードを見る。
するとそこにいる妻は嬉しそうに微笑んでロイを見つめていた。

「おめでたですから、できるだけハードなことはしないこと。しかし、適度に動くことは大切ですからね」
「はい、分かりました」

エドワードは医者にきちんと返事を返し、医者を見送りに玄関へ向かっていった。
一人、うれしさのあまり放心したロイは寝室に取り残される。



エドワードが妊娠だって…?
本当か…?


そんなことばかりぐるぐる考えているとエドワードが玄関から戻ってきた。
焦点の合っていないロイに苦笑しながらエドワードは目の前で手を振ってみる。
それに気づいてロイはエドワードを見つめた。

「ロイとの子ども、できちゃった」
「エド…本当に良いのかい?」
「なにが」

首を傾げて、本当に何か分かっていないエドワードはロイを見つめる。
するとロイは申し訳なさそうに顔をゆがめ。

「私との子だぞ…本当に産むかい?」
「はぁ?なにバカなこと言ってんだ!それとも…嫌?」
「嫌なわけない!嬉しすぎて昇天してしまいそうだ!」

大きく手を振りながらロイは首も振る。
するとエドワードは微笑んでなら良いじゃないかと言ったのだった。
そして、ロイはそっとエドワードの腹に手をやる。
撫でながら穏やかに笑って。

「エドワード、少し出かけないかい?」
「え、今すぐ?」
「あぁ、すぐにだ」

言うや否やエドワードの手を取り、ロイはすぐに家を飛び出した。
エドワードは訳が分からなくて付いていくしかなく。
車にエドワードを乗せると、ロイはエドワードにネクタイを差し出した。

「今から行くところは内緒だ、少し目隠しして良いかい?」
「変なとこ連れてかない…?」
「行かないよ、大丈夫だ」

それならとエドワードはネクタイを受け取り、自ら視界を覆った。













どれくらい走っただろう。
視界を覆われていたエドワードは退屈で、車が止まったときには半分眠りに落ちていた。

「エドワード、着いたよ」
「はへっ!?」

口の端に涎をつけたままエドワードは助手席で飛び上がる。
その姿に苦笑しながらロイはエドワードの手を取り、車から降ろしてやった。
ゆっくりとロイは目的地へ歩を進める。
訝しく思いながらもエドワードはロイに付いていった。
やがてなにやら大きな扉が開かれ、冷たい、しかし神聖な空気がエドワードの頬を撫でる。
足を踏み入れるとコツンコツンと足音が響いて。
広くて天井の高い所だろうと言うことくらいしかわからない。

「階段があるから気をつけて」
「ぇ、あ、うん…」

そろそろとエドワードは足をあげて階段を上った。
その階段は思っていたよりも短くてエドワードはますますここがどこだかわからない。
そんなことを思っているとロイの足が止まった。
そして。

「目隠しを取って良いよ」

そう言われて、エドワードは少し戸惑う。
外してしまって、そこがとんでもない場所だったら怖いからだ。
しかし、逃げてばかりいられない。
意を決してエドワードはネクタイをほどいた。
そしてそこで見たものにエドワードはただただ、驚く。

「ここ、は…教会?しかも」
「私たちが結婚式を挙げたところだ」
「ぁ…」

辛い思い出がよみがえってきてエドワードは一歩後ずさる。
そんなエドワードの手を取ってロイは壇上に引き寄せた。
そして優しく抱きしめてキスをする。
エドワードが落ち着くのを待つと、エドワードを解放して教会の正面に向かせた。
ロイ自身も正面を向いて。

「ロイ・マスタングはエドワード・エルリックを妻として一生愛しますか?」
「ぇ?」
「一生を共にし、愛することを誓います」

ロイはそう言ってエドワードに微笑みかけた。
自然と二人は向かい合い。

「エドワード・エルリックはロイ・マスタングを夫として一生愛しますか?」
「……ぅっ、ふ…」
「生涯私と一緒にいてくれないかい…?」
「ちか、ぅ…ずっと一緒にいたい…!」

エドワードはロイに抱きついた。

嬉しかった。
前の結婚式はどんなに盛大にしてもエドワードにとっては最悪な思い出だった。
なのに彼はもう一回、結婚式をしてくれた。
誰もいないし、即席で台詞は曖昧だ。
それでも、二人だけの結婚式にエドワードは嬉しくて嬉しくて。
もう、涙は止まってくれなかった。




「愛してる、ずっと、ずっと愛してるよ…」










あれから三年がたった。
ロイは昇進して今少将だ。
しかし、書類嫌いっぷりは今でもまだ発揮されている。

「少将、もうすでに少将の顔がこちらから見えないくらい書類が積みあがっているのですが?」
「うっ、うるさい…」
「それが片づかないと少将にもこちらの様子が見えないのですね、残念です」

その含みのある言い方にロイは眉を寄せた。
イスから背伸びして向こうの様子を窺おうとするが、白い壁でなにも見えない。

「ホークアイ少佐、ちょーっと立ち上が…」
「だめです、こちらが見えるまで片づけて下さい」

そう、とげとげしく言われた。
言葉の端々に「この無能が」と思われているのが顕著に現れていて。
イライラしながらもロイは気になって仕方がない。
一時間集中してかなりの量を片づけてはみたがそれでも向こう側は見えない。
イライラがピークに達したロイはついにがばっと立ち上がった。
途端、耳元をヒュンッと弾がかすめる。

「っ!」

たまらず腰を抜かし、ロイは尻餅をつく。

「少将、約束違反ですよ」

そう言われ、ロイはずりずりと床を這い、向こう側が見えるところまで出て、ホークアイに文句を言おうとした。
しかし、のぞいた先にいた人物にロイは固まる。

「それでもおまえは少将かよ、なっさけない!」
「パパーなしゃけない?」
「そうっ、パパはものすっごい情けない」

ソファに腰掛けてこちらを見ている愛妻と愛娘にロイは苦笑した。
しかし、妻の視線は冷たい。

「こんな少将見たことないよ」
「ぅっ…ところで君はどうしてここへ?」

そう問うと、愛娘のエミリットはピクニックのかごを取り出して。

「エリー、パパとピクニックしたいの!」
「昼休み、近くの公園で…良い?」

そう言われて俄然やる気が出たロイはものすごい勢いで書類を片づけ始める。
先ほどとはかなり違う書類処理能力にホークアイはため息をついた。

「助かりました、エドワード君とエリーちゃんが少将にとっては一番効くみたいで」
「普段からしゃかしゃかしてくれりゃいいのにな」

ははっと乾いた笑いをあげてエドワードはロイを見る。
すでに彼のつむじが見え始めていて。
ただ一言「すごい」としか言えない。
そして、たった10分で机の上はきれいになった。

「よしっ、良いだろう、少佐!」
「午後の時間には帰ってきて下さいね」
「うむっ…もちろん…だ」

時間通り戻ってこれる自信がないのか、ロイが口ごもると。

「俺が尻たたいて戻らせるから」
「エリーもエリーも!」
「あら、ありがとう。では良い時間を」

ホークアイが軽く会釈するとロイは苦笑しながら右手を挙げた。
「了解だ」という、彼の癖。
そしてロイは腕を広げて走りよってくるエリーを抱き上げ、額にちゅっとキスをする。
横を見ればふてくされたエドワードの顔。
それをみたロイはにっこり笑って頬にキスをして。
そして腰を抱いて三人は幸せを振りまいて執務室をあとにした。

「…幸せを振りまかんでほしいです」

鬱陶しげにハボックは煙草の煙を吐き出す。
その煙が風に流れてフュリーの鼻元をくすぐった。
たまらずせき込むフュリーに慌てて謝罪してハボックは煙草をもみ消す。

「でもあの二人はそれまで辛いことがあったら今、あそこまで幸せになれたのね」
「…そうっスね、何か一山越えたらその先には良いことあるみたいな」
「その一山があの二人の場合は厳しかったのよ」




でもその先には最高の幸せが。




酷愛は幸愛に


変わる。


最低の苦しみの果てにある、最高の幸せを掴め。












end







こんなに長いのを書いたのは初めてです。
日記の方での連載でしたが、ここまで書き切れたのは愛読してくださった読者様のお陰だと思います。
本当にありがとうございました!




あきゅろす。
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