いらない22





死んだように澱んだ目で、彼は僕を見上げる。
そのあまりにも欲のない瞳に僕は息を飲んだ。

「ねぇ、どうしたんですか…」
「何が」
「あなた、おかしいです…どうしてそんな、」
「自分の胸によーく聞いてみろよ」

彼は意味深ににやり、と笑うと僕の腕をやんわりとふりほどく。
そして枕を抱きしめるとふい、と横に向いてしまった。

「俺はもう、なーんにもいらない、望まない。もう嫌だ、苦しい、気持ち悪い、……死にたい」

そう最後に物騒なことを呟いて、彼は黙ってしまう。
前までの彼はすぐにぼろぼろと涙をこぼしていたはずなのに、全く涙が出てこない。
ただただ濁った瞳で何かを愛おしげに見つめている。
何を見ているのだろう、と僕は彼の視線の先をたどった。
そこにはハンカチが巻かれた腕があって、なにやら嫌な予感に駆られてしまう。
がし、とその腕を押さえつけてハンカチを解こうとすれば彼の態度が豹変した。

「やめろっ、いやだ!」
「見せて下さい」
「解くな、嫌だ…やだ、やだぁ!」

ついには涙が溢れて顔がぐしゃぐしゃだ。
それでもやめるつもりはない。
その下に隠れた赤に僕は呆然とした。

「…どうしたんですか、これ」
「ひっ、う…返せ、返せよ!」
「とうした、と聞いているんです」
「五月蠅い!前まで気にも留めなかった癖して!今更聞くのかよ!」

確かに、と頭の片隅で思いながら僕は泣きわめく彼を見下ろした。
何なんだろう、胸騒ぎがしてたまらない。
前までは気にもならなかった彼の自傷が気になって仕方がないのだ。
あれほど強かった彼なのに、弱り果てて本当に消えてしまいそうで。

「嫌だ、いやだぁ…」

未だ彼は泣きじゃくり、拘束された腕を捩っている。
もう押さえている必要もなくなった僕はそっと腕を解放した。
途端、彼は腕を引き抜くと反対側の手で傷口に爪を立てた。

「───なっ!?」

あまりの凶行に驚きが隠せない。
やめさせようと腕を掴んだのだが、バリバリと傷口を引っかいて血が滲む。
どうにか引き離そうと力ずくで腕をシーツに縫いつけると、彼は誰か、誰か助けてと泣きわめいた。
傷口からはどくどくと血が溢れ出していて、赤い水たまりを作っている。
あまりにも痛々しい惨状に、僕は目を伏せるしかない。

「誰か!助けて、死んじゃう、嫌だ、止めて!」
「キョンく────、」
「嫌だ、だめなんだ本当は古泉が良かったんだ!嫌だ、怖い、俺は汚い醜い!触るな!」

ぎゃあぎゃあと訳の分からないことを喚き散らして、頭を左右に振り乱す。
止めようと声をかけるが、全く止まる気配はない。

「黙って下さい!」

こんな彼の姿は見たくなくて、かっとなって。
彼の喚き声の中に乾いた破裂音が聞こえたとき、しまったと思う。

「…ぁ………」

横を向いた彼の左頬がじんわりと熱を持ち、赤くなるのをみて一気に背筋が寒くなった。











続く


あきゅろす。
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