いらない10





俺はソファに座ってただ、ぼんやりとしていた。
本当に、何も考えたくなくて何処だかよく分からないところを見つめて固まる。

早く男に戻りたい
早く外に出たい
早く古泉に、会いたい

いろんな思いがごちゃごちゃになって、頭が混乱する。
解けなくなった毛糸のようにこんがらがって、絶対に解けないのだ。
そんなことを考えていると、浴室のほうから「ピー」と電子音が鳴り響く。
洗濯物が出来あがったのだ、と思って俺は立ち上がった。
長門が学校に行く前にセットして行ったんだろう。
ゆっくりとした動きで立ち上がると、俺は浴室に向かった。

「できてる…」

洗濯機のふたを開ければ、ふんわりと石鹸の香りがする。
中身を洗濯籠に移そうとして、俺は固まった。
赤い、赤い、それが入っていたからだ。
これは、最後に古泉に会った日にもらった赤い下着。
今までは長門が用意してくれていた下着を身に着けていたから存在を忘れていたが、そういえばこんなものもあったなぁ。
それを手に取ろうとするが、指先が震えて叶わない。
呼吸さえも速くなり、心臓も早鐘を打ち始める。

「はっ、はっ…」

どくん、どくんと脈打つ心臓と、荒くなる呼吸をどうにか落ち着かせながら、俺はそれを指先で摘んだ。
捨ててしまおう、古泉のことを思い出すから。
そう思ってゴミ箱に投げようとするけれども。
それが出来ない。

がたがたと体が震えて、ついには座り込んでしまった俺の目に、あるものが飛び込んできた。

「あ…」

銀色に、鋭く輝くそれ。
少し前まで、俺を助けてくれていた魅力的な道具。
俺はしばらくぼんやりとかみそりを見つめた。

アレで手首を切ってしまいたい。
痛みから、自分が生きている証が欲しい。
そして、古泉のくれたあの下着と同じ色に染まってしまいたい。

しばらく俺はかみそりを見つめたまま固まっていたが、不意に体が動いた。
身を起こすとかみそりに手をのばす。
銀色の刃がとても輝いて見えた。

「助けて、助けて…」

好きだから、その気持ちだけ知っていて欲しかったのだ。
その他は何もいらなかったのに、古泉は中途半端に俺に構った。
相手にされて、抱かれれば欲張りになっていく。
好きな気持ちを知ってもらっているだけでは足りなくなった。
愛されていなくても触られるだけでよかったのに、俺は抱かれたくなった。
優しくなんてされなくてもいいのに、優しくされたくなった。
全部、俺の欲のせいだ。
俺が欲張りで、貪欲で、汚いからこうなったに違いない。
醜い俺、こんな俺、古泉は愛してくれない。

「好き、…!!」

く、と肉に刃が食い込む。
ゆっくりをそれを手前に引けば真っ赤な線が生まれた。
久しぶりに見るその光景。
腕を斜めにして、ぽた、ぽた、と赤い雫を床に落とす。
なんて綺麗なのだろう、とぼんやりと考えていたが、俺ははっとした。
ここは俺の自室ではない。
長門の部屋なのだ。
慌てて俺はティッシュを取ると、床を拭った。
腕から垂れてきた綺麗な赤が、後から後から水溜りを作ってしまって、埒が明かない。

「何、してるの」

不意に長門の声が聞こえて、俺はとっさにかみそりを隠した。
しかし、隠せるはずもなく、俺が握っていたそれは長門に没収されてしまった。








続く


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