甘い眩暈4




「つまり、あなたは今、どきどきしているんだ?」
「────ッ!」

彼は弾かれたように顔を上げた。
その顔は真っ赤に染まっていて、僕はついつい笑みがこぼれる。
動揺して眉を下げている彼が面白くて仕方がない。

なるほど、彼は憧れと恋愛感情をはき違えているらしい。
つけ込むにはちょうどいい。

「僕も、少しどきどきしています」
「ど、うしてですか…」
「あなたが、可愛いからです」

にこりと笑いながらそう言うと、彼の顔がさらに真っ赤に染まる。
僕はソファから身を乗り出すと彼の手を取って、優しく口付けた。
もちろん触れるだけの優しいそれである。
驚いて目を見開いている彼をよそに、僕は満足げに笑って見せた。

「ほら、照れた顔も可愛い」

どうしたものかと視線を彷徨わせて彼は慌てふためいている。
しかし、逃げた方がいいと判断したのかばっと立ち上がり「失礼します!」と頭を下げた。
簡単に逃がすはずがない僕は、そんな彼を後ろから抱きしめる。
彼の体がびくり、と強ばった。

「こ、古泉幕僚総長…っ!」
「もう、行かれてしまうのですか?」

寂しげに声を絞り出すと、彼ははっとしたように僕を振り返る。
困ったように歪められた眉間に軽くキスを落とすと。

「僕、寂しいんです…あなたと同じように家族を失ってから愛情に触れてないんです…」
「幕僚総長…」
「ねぇ…あなたも久しく愛に触れていないのでしょう?僕もあなたに愛をあげるから、あなたも僕に愛をくれませんか?」

なに、嘘をついているんだと大笑いしそうになる。
家族を失ったのは本当だが、愛をくれる人がいないのは嘘だ。
地位も、名誉も抜きで愛してくれる人はいなかったけれど。

「こ、古泉幕僚総長…!お、俺…!」
「なんですか?」
「俺、も寂し…っ!」

ぽろり、と彼の瞳から涙が零れ出す。
早速僕に騙された彼は、必死になってしがみついてきた。
捨てられた子犬のように、全身で鳴き叫んでいるようだ。
そんな彼を救うように、優しく抱きしめて。

「愛してあげますから…」
「────っ、おれ、も…」

言い慣れない私、を使っているだけで本当は俺、と自分のことを呼ぶ彼。
それさえも崩壊していて、彼の必死さが伺えた。

さあ、どう調理しようか?

彼に見えないように、僕は口角をつり上げる。

偽物の愛だなんて知らない彼は、「愛」と名の付くものなら何でも良いとばかりにしがみつく。
愛に飢え、渇望していたそれを与えてくれる僕に酔っている。
砂漠で喉がからからの時にオアシスが見えるのと同じだ。
これはすべて幻覚。


僕の愛も、彼の愛も飢餓が見せた幻覚なのだ。












続く


あきゅろす。
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