甘い眩暈2




軍の中には家庭の事情などで本名登録をしていない隊員が何名かいると聞いていたが、彼はその一人なのだろう。
だからといって、彼の素性が気になるわけではない。

僕はぼんやりとその隊員証を眺めながら部屋へ戻ろうと踵を返す。
しかし、閣下は彼が何処の部隊に所属しているか、とか部屋番号などを何も教えてはくれなかった。
自分で探せということか、それとも僕の近いところに彼はいるのだろうか。
写真を見る限りでは生意気そうには見えず、どちらかというと無気力な感じがする。
歳は僕とそう変わらないだろうな、と生年月日の欄を見れば、予想通り、二つ下なだけで、そう歳は変わらないことが判明した。

「さて、どこから探しましょうか…」

面倒くさいことはささっと片づける。
きっとコレも閣下の一時の暇つぶし、ちょっと彼を苛めればさっさと飽きてくれるだろう。
そう思って僕は、今日の任務に付くために、執務室に向かった。










「失礼します」

聞きなれない、低い声。
僕は誰だろうかと書類から目を離し、扉のほうに目をやった。
そこには、見覚えのある顔。

(彼だ…)

キョン、とかいう閣下の逆鱗に触れたかわいそうな青年だった。
僕はふい、と目を逸らすと書きかけだった書類にペンを走らせながら、素性を尋ねた。

「どなたですか?」
「はっ!長門艦隊作戦参謀のキョンと申します」
「ふふ、長門艦隊の君が今日はどうしてここに?」
「本日付で古泉艦隊へと異動になりました」

なるほど、と僕はほくそ笑んだ。
閣下にしてはなかなか粋な演出で、思わず笑みがこぼれる。
そんな僕を不思議そうに見つめながら、彼は緊張した面持ちで再度口を開いた。

「指令書の中に、古泉幕僚総長の秘書としても働くように…とあったのですが…ご存知ありませんか?」
「いえ、聞いていましたよ、作戦参謀」

嘘をついて、僕は椅子から立ち上がった。
彼の体がまた、緊張する。
初々しくて、なんだか可愛いなぁ…だなんて考えながら僕は彼に質問をした。

「入隊してから何年?」
「4年であります」
「ふうん、じゃあ…15歳で入隊したんですね…若いのに大変だったでしょう?」

出来るだけ優しく微笑みながら問いかけると、彼は少しだけ頬を赤らめて「そんなことはありません…」と呟く。
閣下から言われたような、生意気な印象はまだ伝わってこない。
それならば、と僕は鎌をかけてみることにした。

「お名前、本名登録されてないんですね」
「え、えぇ…」

少し、表情が曇ったのを見逃さなかった僕だったが、少し彼を怒らせて見ようと冗談交じりでこういった。

「キョン、って鹿さんみたいで可愛いですね」
「――――ッ!」

一瞬、彼の目が鋭い光を放つ。
ふうん、これか…と僕は口角が吊り上るのを感じていた。







続く


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