黒の感情2
ペースも何も考えないで俺はココアを飲み干すと、カップを床にコトリと置いた。
古泉はというとこちらをニコニコ見つめながらコーヒーを啜っている。
たまにこいつは何を考えているのか分からない。
笑顔の下に、どんな気持ちとか、考えを抱いているのだろう。
知りたいと思うが、知りたいと思う反面、知るのが怖い。
知ってしまったら最後、戻れない気がする。
…どこに戻れないのかだなんてよく分からないが。
「もう一杯、作りましょうか?」
それ、と言って古泉はココアの入っていたカップを指差した。
どうしようかと考えながら、カップに手を伸ばす。
折角だし、もう一杯もらっておこうかな。
こいつが俺のために何か作ってくれるのが、ちょっと嬉しいから。
「じゃあ、頼もうか…」
「畏まりました」
俺はカップを取り、持ち上げて、そのまま古泉に渡そうとした。
が、それは俺の指からすり抜けて床に落ちる。
割れることはなかったが、酷く鈍い音を立ててそれは落下した。
「ごめ…!」
「いいえ、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ…」
俺は生返事を返しながら、自らの手のひらを見つめた。
おかしい、なんだか妙に震えている気がする。
しかも、はっとしてカップを拾おうと、もたれかかっていたベッドから身を起こそうとしても力が入らなかった。
何も出来ずに、ぼんやりとしている俺を見下ろして古泉は一言こういった。
「おやすみなさい」
その言葉が引き金になったかのようにまぶたが重くなる。
ぼんやりとした意識のうちに引き込まれながら、俺は綺麗に笑った古泉の顔を思い出していた。
どれだけ意識が低下していたのだろ。
もはや、どれほどだなんてまったく覚えていない。
ただ、視界は真っ暗で、今は夜なのだろうかと思う。
ゆっくりと身を起こそうとするが、先ほど同様にまったく力が入らなかった。
(何だこれ…)
しかも、妙に寒い気がする。
少しだけ身震いして、身をすくませると何処からともなく笑い声が降ってきた。
誰の声か、だなんて考えなくてもすぐ分かる。
落ち着く、好きな彼の声だった。
「こ、いずみ…?いるのか?」
「ええ、いますよ」
「どうなっているんだ、説明、しろ…」
「いいんですか?今のあなたの格好を説明しても」
くすくす笑いながら、古泉はさもおかしそうに笑った。
何なんだ、さっさと説明しろ。
そして、俺を助けろ。
「それは聞けないお願いですね、僕はあなたを助けられない」
「な、んで…」
「それは捕食者の僕にとって、あなたは獲物だからですよ、キョン君」
そのせりふにぽかんとしてしまう。
古泉の言っている意味が分からない。
捕食者?獲物?
古泉は何を言っているんだ、何か古泉に対して俺は悪いことでもしたか?
「いいえ、何もしていませんよ…ただ、捕食者にとって獲物は最高に美味な、大好物でないといけないことを忘れてはいけません」
「意味が、分からんな…」
本当に、意味が分からない。
それでなくても頭はぼんやりして、たまらなく気持ちが悪いというのに。
俺に考えさせるような話題を振らないでくれ。
考えるのも面倒くさい。
とにかく、簡潔にこの状況を説明しろ。
「そうですね、では百聞は一見にしかず、とも言いますし、見てみます?」
そういわれた途端、視界が明るくなった。
そうか、夜になっていたわけではなく、視界を覆われていたのか、だなんてぼんやり考えながら、俺は暗闇から明るい場所へ目が慣れるのを待つ。
次第に焦点が合ってきて、目線の少し上に古泉がいるのを確認できた。
身長差はかなりあるものの、こんなに視線が遠かったっけとくだらないことばかり考えてしまう。
そのまま、目線を下へ下げた。
妙に肌寒いから、どんな格好をしているのか気になったからだからだ。
「…へ?」
おれは驚きで目を見張った。
やっと意識もはっきりしてくる。
そりゃこんなものを見れば誰だって目が覚める。
服を身に着けていたはずの自分が、なぜか全裸でベッドに横たえられていただなんて。
信じられない。
「なんだこれ…どういうことだよ…」
続く
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