気づいて2.5



僕は玄関で谷口君からの嬉しい知らせを彼に伝えた。

「今日は久しぶりに早く帰れそうです」
「…え?」

驚いたような彼の顔。
口元にパンくずを付けたまま、呆けたように僕を見つめる。
すぐに嬉しそうに顔が綻んだ。

「夕食作って待っていて下さいますか?」

もちろんだ、というように抱きしめた腕に力がこもる。
思い切り彼を抱きしめて、僕は行ってきますのキスをした。











時が過ぎるのは早いもので、あっと言う間に課長が出張から帰ってくる前日になってしまった。
明日からはきっとまた、いつもの生活に逆戻りに違いない。
だから、今日位は彼を思いきり愛してあげたいと思っていた。
出来るなら毎日抱きたかったが、疲れや一度抱いたら止まらないことなどもあって自粛していたのである。
せめて最終日くらいは…と僕は彼にお伺いを立てた。

「抱いても、良いですか?」

ぴくん、と彼の肩が揺れる。
久し振りすぎて、嫌かな、などと思えば。
真っ赤な顔で振り返ると返事代わりにキスをくれた。


甘く、甘くとろけそうなキス。


まさかこれが最後のキスになるだなんて、思いもしなかった────













「やっぱやめよう」

いきなりの取りやめに、顔面に水を浴びせかけられたかのように呆然とする。
なぜ、どうしてと聞く前に逃げようとする彼の腕を捕まえようとした。
しかし、振り払われてそれすらも叶わない。
彼は眦に涙をいっぱいためて、寝室から飛び出していった。
すぐに後を追おうとしたが、体がぴたり、と止まる。

「あのとき…」

そういえば、彼に抱かれたかったか聞いたとき。
彼はいつも以上に素直に、可愛らしく僕に抱かれたかったと告白してくれた。
しかし、そのとき僕は何を考えていたか。

(課長のことだ…)

こんなに僕のことを求めてくれていたのに、課長のせいで相手に出来なかった。
課長は僕に気があって、やけにまとわりついてくる。
上司だから、嫌とも言えずに帰ることも出来ず、触るなとも言えず。

そうだ、あのとき確実に僕は。



「後ろめたさを感じていた…」







最低だ、別に浮気でも何でもないのに。
僕が愛しているのはキョン君だけなのに。
なのに少しでも後ろめたさを感じているのなら、僕はこのことを悪いことだと思っている。
彼には上司のことは何も話していない。
つまりは、無意識下で隠したいと思っていたということか…?



もう、頭がぐちゃぐちゃになって頭を抱え込んだ。

僕は最低だ、彼を追いかける資格も何もない。
今すぐ追いかけていって抱きしめたいのに、それさえも叶わない。





課長のことを話すべきかどうか。
どうしたらいいのかを延々と考え続ける。


しかし、結論がでないまま空は明るくなっていた。









続く


あきゅろす。
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