気づいて6



今は何時だろう。
冷え切ってしまった朝食を目の前に俺はまた食卓に突っ伏した。
古泉が俺の作ったご飯を食べてくれなかったのなんて初めて。
「行ってきます」と言ってくれなかったのも初めてだ。

もう、だめなんだろうなぁ…

ぼんやりと霞がかった頭の隅っこでそう思う。
どうしたら良いのかだなんて分からない。




古泉は昨日言ったように深夜近くに帰ってきた。
一日中ぼんやりとしていた俺は食べることさえも忘れて。
朝のままの食卓をちらっと見はしたが、古泉はそのまま風呂場に行ってしまった。
胸がぎゅうっと締め付けられて、呼吸さえもうまくできない。
自然に涙が滲んできて、それを振り払うように俺は食器を片づけ始める。
一口も口を付けていない朝食を生ゴミに捨てた。
ぼろ、と涙が溢れたが、服の袖でごしごしと拭う。
それでも後から後から溢れてきて、拭うのが間に合わない。
無理して皿を洗おうとすれば手が滑って皿が割れた。
慌てて拾おうとすれば、指先に熱が走る。

「痛…っ!あ…」

とろ、と人差し指の先から赤いものが流れ出た。














それから一週間。
俺はほとんど古泉と言葉を交わすことなく、古泉も寝に帰るだけの生活が続いていた。
もちろん同じベッドでなんて寝れない。
古泉は仕事で疲れて帰っているから、俺はベッドでは寝ずにソファーで眠っていた。
おかげで体が痛い。
本当は古泉が「ごめん」だなんて言って、一緒に寝てくれるのを期待していたのに。

でも、ちゃんと分かっていた。
そんなこと、あり得ないって。



「また、匂いがする…」

もう、古泉の心が俺のところにないことくらい、分かっていたんだ。
今日なんて、いつもと違うものがついている。
ワイシャツの襟元に、赤い、紅い跡。
そっとなぞってみる。
もうダメだった、古泉と一緒にいると壊れてしまう。
心が、壊れてしまう。

苦しくて、息が詰まりそうだ。



















「古泉、話があるんだ…ちょっと良いか?」

俺は帰ってきたばかりで、寝室に向かおうとする古泉を無理矢理引き留めた。
座った古泉の目の前に俺も腰掛けて。
そ、と差し出した白い紙。
記入欄にはすべて俺が記入しておいた。
ハンコも、自分の旧姓の実印を押しておいた。
あとは、古泉のハンコさえあればおしまいだ。

「これ、どういうことですか」
「そのまんま、もう終わりにしよう」

俺は無理矢理にこりと笑った。
古泉は怖い顔をしてその書類を見つめ、また視線を俺に戻す。
思いっきり睨まれている気がするが、もう気にならない。
これで解放されるならもういいんだ。
最初は辛いかもしれないけど、きっと時間が忘れさせてくれるだろう。

「もう、やめにしよう」
「…ふざけるなっ!」

ダンッ、と古泉が机を叩いて立ち上がった。
おいおい、いつもの敬語が崩れてるぜ、だなんてつっこめない。
びくり、と恐怖から体が震える。
古泉は怒りから、ぶるぶると震えていた。












続く


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