気づいて


新しい匂いのする脱衣所。
俺は洗濯籠に入っていたワイシャツを掴んで、顔に押し当てた。
微かに、女物の香水の匂いがする。

(また、だ…)

俺はそれを洗濯機ではなく、黒いビニール袋へ投げ入れた。













気づいて















「申し訳ありませんが、今日も付き合いで帰りが遅くなりそうです」

味噌汁を啜りながら、困ったように笑って古泉は言った。
最近古泉は仕事が忙しくて、帰りが遅い。
俺はエプロンを外しながらそうか、と一言だけ呟いた。
そのまま向かいの席に座って両手を合わせる。
ずず、と味噌汁を啜ってみる、ちょっとは旨くなったかな?

「美味しいですよ、上手になったと思います」
「…そっか」

俺は素っ気なく返事を返すことしかできない。
古泉はいつものようににっこり笑って朝食を食べ終えた。
俺も急いで全部食べ終えて食器を片づける。
台所に食器を運んでいる間に、古泉は背広を羽織って鞄を持って。

(早い、待てって)

俺はパタパタと走って玄関に向かった。
古泉は靴を履いている最中。
その後ろに座って、俺はその様子をじっと見つめる。
今日も、古泉はあの匂いをさせながら帰ってくるのだろうか。
そう、古泉の後頭部を見つめながら思って俺は苦い表情になった。
そんな俺を振り向いて、古泉はふんわり笑う。
そして軽く唇にキスをすると。

「寂しい思いさせてごめんなさい、出来るだけ早く帰ってきます」

そう言って、古泉は扉の向こうに消えた。










古泉と籍を入れたのは半年前のことだ。
ハルヒの力が完全に消え去って、俺は古泉と大学に入ったと同時に付き合い始めた。
本当に、恥ずかしいくらいにお互い好きあって。
だから、大学卒業と共に入籍したんだ。
はじめの頃は良かった、新婚ほやほやだもんな。
元からあまり積極的になれない俺なりに古泉に好きって言って、俺なりに甘えた。
古泉もそれを喜んで、沢山愛してくれた。
朝も、昼だって休み時間にメールをくれて、夜だってもちろん沢山愛してくれたんだ。

なのに、なのに。

最近は忙しいのと、仕事の付き合いがあるのと。



そして、他の女の陰と…




俺は、直接古泉に聞ける勇気もなく、一人で悶々としていた。
はじめはただ単に仕事場の女性の匂いかも知れないと思っていたけど。
だけど、だんだんと古泉がその匂いをさせて帰ってくることが多くなり。



(やっぱり、男の俺なんて嫌なんだ…)







本当は古泉に泣いてすがって「これは何だ」
と問いつめたかった。

でも、できない。
嫉妬するなんて醜い。
情けない、恥ずかしい。


怖い











それから古泉との会話は減り、逆にワイシャツ片手に泣くことが多くなった。









続く


あきゅろす。
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