悲壮美-tragic beauty-17




「目、醒めましたか?」






突如聞こえたその声に俺は目を開けた。
はっとして周りを見渡す。
どこだここ、見たこともない景色。
どんどんと景色が流れていく。
どこにいるのかと辺りを見渡せば、隣には古泉が。
彼はハンドルを握って前を見ている。
俺はといえばその隣に座っていて、ご丁寧にシートベルトまで装着されていた。

どういうことだ?
俺は、死んだはずじゃ…

「申し訳ありません、僕には出来ませんでした」

古泉は眉を下げながら小さく呟く。
俺は死ねなかったのかと思うと、ため息しか出てこない。
こんな世界にいたって、どうにもならないのに。

嗚呼、でも古泉には荷が重かったんだ。
申し訳ないことをしてしまった。
別に、古泉の手を汚さずとも俺が一人で勝手に死ねば良かったのではないか。
そう思い至って俺はまた気持ちが軽くなる。

「じゃあ、俺が勝手に死ぬから。ごめんな、おまえの手を汚そうとして」

ははっ、と軽く笑って俺は古泉に車を止めるように頼んだ。
幸い、ここはどこだかよく分からない山道。
そこらへんをうろうろして、どこか雨風しのげそうな場所を見つけて。
そこでぼんやりと空が明るくなったり、暗くなったりするのを見ながら。
飢えも乾きも感じないくらい、なにも考えずに心を無にして、生きていることさえも忘れて。
そのまま、ゆっくりと意識を飛ばしたい。

自然に還りたい。




「だから、さよならしよう」
「申し訳ありません」
「は?」
「それは出来ません」

古泉は困ったように笑って俺に謝った。
俺はすぐに眉を下げる、何で古泉に俺のすべてを握られなきゃならないんだ。
早く早く、ここから降ろして。

「ぼっちゃま、僕はあなたが好きです」
「…は?」
「あなたに生きて欲しい、一緒にいて欲しい」

僕の傲りですけどね、と古泉は自嘲気味に口を開いた。



誰もいない場所に行きましょう。
新しい土地に行き、新しい人生を歩みませんか?
あなたは大財閥のおぼっちゃまから解放されて、ただの人となるのです。
僕と共に。
だからお願いです、一緒にいましょう。
僕があなたを今までの人生を埋め合わせるくらいたくさん、たくさん愛しますから。



そう、遠くから古泉の声が聞こえた。
なに言ってんだ、コイツ馬鹿じゃないか。
そんなこと、する訳ないだろう?

なのに、なのに。
何でこんなに心が温かくなるんだろう。
何でこんなに満たされるんだろう。


俺は思わず古泉に抱きついた。
驚いた古泉はハンドル操作を誤って、車が揺れる。
変な蛇行運転で山道を車が走る。

「ぼっ、ちゃま…?」
「どうしよう、ど、しよ…ッ」

古泉は戸惑いながらも車を止めてくれた。
それにまた、強く強く抱きついて。

「こ、んな気持ちになるの初、めて…で…」
「嫌、ですか?」

それを聞いてぶんぶんと頭を振る、んなわけないだろう。
嫌なわけない、こんなにも温かくて幸せな気持ちになるだなんて。
これを言葉で表すならば。

「嬉しいって、こんな気持ちなんだろうな?」

そう言って古泉を見上げたとたん、唇に暖かなものが重なる。
嗚呼、この心地よさはどこからも、誰からも得られない。

「愛しています」

その言葉で、心がふわっと軽くなった。

すべてが解放される。









二人で生きていこう。
新しい人生を歩もう。
きっと今までを埋め合わせられるくらい、たくさん愛を知れるから。




あなたと共に─────










end













長かった。
お疲れさまでした!
ここまで読んで下さってありがとうございます。
一人でも多くの方に愛が伝わりますように…





橘みずき


あきゅろす。
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